ヤクルト2位・山野太一 父の「志」を胸に神宮のマウンドへ
■職場に電話
正明さんとのなれ初めについては「主人もまんざらでもなさそうでした」と、こう続けた。
「当時、私は27歳で、オバタリアン、お局になりそうだったんです。同僚も後輩も次々と寿退社していって(笑い)」
きっかけは友人の紹介だった。
「そんなときに出会って、意気投合しました。いろいろと焦りもあったので、主人の職場に電話をかけて……。私はそんなことするタイプじゃなかったんですけどね」(晴美さん)
1年間の交際を経て結婚し、晴美さんはめでたく寿退社。3人の子宝に恵まれ、その真ん中が次男の山野である。
少年時代の山野は病に苦しみ、プロ野球の道に進むなど、誰も想像できなかった。
「もともとアトピーを持っていて、小さい頃はかいてしまうので血まみれになることも。小学生では喘息まで患ってしまい……。夏になると夜中に激しい発作が出るんです。泣きながら苦しむ息子を車に乗せて、救急病院に駆け込むこともあった。夏は毎年1週間ほど入院していましたよ」(正明さん)