五輪金・高橋礼華が語る東京五輪「正直、開催は難しい」
「死人が出てまでも行われることではない。気が進まない」。10日、テニスの錦織圭(31)は東京五輪の開催についてこう言った。収まる気配のないコロナ禍で開催を巡る賛否が渦巻き、率直な思いを明かすアスリートも増えてきた。五輪を経験してきた元トップアスリートはこの状況をどう見るのか。2016年リオ五輪女子ダブルスで日本バドミントン史上初の金メダルを獲得した高橋礼華氏(31)に話を聞いた。
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――開幕まで約70日になりました。
「正直、開催は難しいのかなと思いますね。もちろん、自分が現役アスリートで、オリンピックを目指している立場であればやってほしいと思います。でもアスリートだけが最優先されるべきものではないと思いますし、飲食店とか医療現場の方がすごく苦労されているのを毎日ニュースで見ると、『自分だけが(競技を)やっていていいのか』。そう思ってしまう選手はたくさんいると思います」
――バドミントンは3月の全英オープン(OP)のときに他国で陽性者が出ましたね。
「コロナ対策のコントロールという側面を見ても、バドミントンという競技に限定していえば難しいかもしれません。全英OPでインドネシアチームと同じ飛行機に乗っていた一般の方から陽性者が出て、インドネシアチームは全員棄権になった。そういうケースが出てきた場合、それはもうオリンピックじゃなくなってしまう。全員が出られる公平な大会ではないと思う。例えばバレーボールのような団体競技の場合、体育館に2カ国のチームだけという状況にできるし、関わる人も抑えられると思うのですが、バドミントンはひとつの体育館の中に何コートもあって、多くの国の人たちが対戦する。そこが入り交じっちゃうと、コントロールが難しいのかなと思います。全英OPでインドネシアの選手たちが棄権になったのが夕方だったんですが、午前に試合に出て勝った選手もいて、そのあとに棄権扱いになったので、その選手と対戦した選手はどうなっちゃうのかなと(全英は不戦勝扱い)。実際、五輪でコロナの陽性者が出た場合、こういうケースも出てくるかもしれません。大会が始まる前に『コロナの陽性者が出た場合、こうなったら棄権になる』とか、まず大会前にガイドラインやルールは絶対に決めた方がいいと思います」
――開催反対の声が大きくなる中、SNS上で競泳の池江璃花子に出場辞退を求めるなど、アスリートへの「攻撃」も目立つようになってきました。
「五輪の賛成・反対については、アスリートに言うべきではないと思います。五輪というのは、アスリートが開催してほしいからやるものでもないし、中止してほしいと言ったら中止できるものでもない。それをアスリートに向けて言うのはちょっと違うかなと思います。池江選手が辞退したから五輪が中止になるのかといったら絶対ならないと思いますし、アスリートではなくてもっと上の人に言うべき」
■声がないのは五輪じゃない
――無観客での開催案もあります。
「私はコロナで無観客試合を経験する前に引退したので、なんともいえないですけど、『五輪で無観客ほど寂しいものはない』ってオリンピックに出た人たちともよく話しています。五輪でたくさん応援してもらって、家族にも観客席で見てもらいたい。それが無観客となると寂しいなと思います。オリンピックに声がないっていうのは想像ができないですね。それってもうオリンピックじゃないという気がします。歓声を音声で流す? それだったらない方がいいかなあ(笑い)。声もそうですけど、『誰かがそこにいる』というだけでも安心することもあると思うので。私の場合、自分たちの選手村から(試合会場の)体育館がすごく近くて、お母さんたちが泊まっているホテルも体育館まですごく近かったので、同じチームのスタッフやお母さんとたまたますれ違うことが多かった。そこでお母さんに会って『きょうも頑張って』と言われたり、チームスタッフにも『頑張れよ』と声をかけられたことで安心した部分がある。それがないのは不安かもしれません」
■ワクチンは怖い
――各国でワクチン接種が進む中、国際オリンピック委員会が五輪代表選手に対する無償提供を提案。副反応のリスクから接種を拒否したいという選手も出ています。
「私は副反応が大丈夫なのかと心配になります。現役だったら怖い、私だったら打つべきか迷いますね。医療関係の友人がいるんですが、ワクチンは本来ならできるまでにすごく時間のかかるものだと聞いて、怖いなと。打つとしても、五輪は7月に始まってしまうので、遅くても6月までには打たないといけない。もし打ったとして、それで練習もできるのかなと思ってしまう。日本はただでさえ(接種が)遅れているから、余計に他に打つべき人がいるんじゃないかと批判の的になるのは分かります。ただ、もうオリンピック自体がどうなるのか予想がつかない。(自分が現役のときは)これくらいの時期から、『ああ、(五輪まで)あと何カ月だ』となっていたんですけど、今回はその機運がなかなか高まっていない気がします。本当はすごく盛り上がるものだと思うんですけどね……」
「バドミントン王国」に成長した理由
――日本が「バド王国」になった理由は何でしょう。
「先輩たちが頑張ってくれたからだと思う。オグシオ(小椋久美子・潮田玲子ペア=北京五輪5位)さんたちの頃から注目されるようになり、待遇も変わっていきました。私は高校卒業後から現役を辞めるまで代表に入らせてもらっていたのでよくわかります。トレーナーさんが1人から2人に増え、チーム支給だった日当が(日本バドミントン)協会支給になった。スポンサーもリオ五輪後からすごく増えた。JOC(日本オリンピック委員会)からの支援もある。今のA代表の子たちは恵まれていますね」
――コーチ就任から1カ月。コロナ禍での指導です。
「コロナと五輪直前という理由から、ナショナルトレーニングセンターはA代表しか使えません。ジュニアやB代表は地方で合宿します。5月12日から1週間、富山に行きます。コロナ禍での合宿ですから行動規制も厳しい。外出はコンビニだけ。ホテルも一般の方と同じなので男女で食事の時間帯を分けたり、昼食は弁当をもらって各自が部屋で食べます」
■バドミントンだけやっていればいいというのはダメ
――指導では人格形成も重視していると。
「父は野球、母はバドミントンをやっていて、礼儀に厳しいというか、自分のことは自分でやりなさいという家でした。残念ながらアスリートの不祥事が報道されることもありますが、改めて『バドミントンが強ければいいわけじゃない』とも思いました。当時は競技に関しては『自分さえしっかりしていれば』と考えていたので、そこまで気にはしていなかったのですが、『自分自身がダメだと思うことは自分で気づかないといけない』と感じました。そういったものは試合の勝負どころで出てくる。先月の合宿でも、女子シングルスのスタッフの方から話をしてほしいと言われたとき、『バドミントンだけやっていればいいというわけじゃないよ』ということは伝えました」
――指導のやりがいは感じていますか。
「選手は、ちょっと助言しただけで変わったりする。それがうれしい。この前、ある方と話していたとき、サッカーの内田篤人さんと中村憲剛さんがジュニアの指導に関わるようになって、結果を残した人が教えると選手の見る目が違うと聞きました。女子ダブルスも少しでも強くなるように、バドミントンへの意識を変えていけたら」
――指導者としての目標はありますか。
「明確なものはありませんが、自分の考えが甘かったなと思ってくれたらいいなと思う。もちろん教えた子たちの中から五輪代表が出たらという希望もありますが、勝負で勝っていくために、少しでも意識が変わる子が増えてくれたらうれしいですね」
(聞き手・中西悠子/日刊ゲンダイ)
▽たかはし・あやか 1990年4月19日、奈良県出身。6歳のときバドミントン選手だった母親の影響で競技を始め、聖ウルスラ学院英智高でのちに「タカマツ」ペアと呼ばれる松友美佐紀とダブルスを結成。高校卒業後は日本ユニシスに所属。2016年、全英オープン女子ダブルスで日本人として38年ぶりの優勝を果たすと、リオ五輪で日本バドミントン史上初となる金メダルを獲得。20年、東京五輪の1年延期を受けて現役引退を発表。今年4月からU19日本代表のコーチを務める。