大坂なおみの「うつ病告白」に違和感を感じてしまう理由
筆者は、アスリートの心身に負担をかける会見は義務化しなくてもいいのではないかとも思っていたので、大坂選手の主張も理解はできるし、必要な問題提起でもあると感じていた。
しかし大坂選手が「うつ病であったこと」を公表したことによって当初、彼女が意図していた「選手に会見を義務化させるのは良くない」という論点がすり替わってしまった。それが一番残念に思う。
そもそも大坂選手のスタンスには一切、"対話"というものが存在していない。
決められたルールにのっとり、義務を果たしたうえで"誠実"に変革を求めるのが、社会人、そしてスポーツマンとしてのあり方だと感じる。
会見はしたくないけれど、SNSでは主張はしたい。グランドスラムは棄権はするけれど、五輪には出たい。風向きが変わってきたから、うつ病であることを告白した――。もちろんメンタルヘルスに理解を示していくことは重要だが、今のままだと大坂選手は義務は捨て置き、うつ病を免罪符に自身の権利のみを主張しているように映ってしまいかねない。