「9.11」から20年…米国同時多発テロが米国と米球界に与えた影響
事情は米国の球界も同じで、「9.11」の前後でさまざまな変化が表れた。
ヤンキースタジアムでは、記者証を携帯していても専用の入り口で手荷物の検査を毎回受けなければ入場することができなくなった。
3日間も通えば「今日も君か」と係員も検査の手順を簡略化するようになるとはいえ、「9.11」前には行われなかった措置が導入されたことは、野球場が劇場や博物館などと同じく、不特定多数の来場者が出入りする一方で警備が手薄になりやすく、テロの対象となりやすい「ソフトターゲット」であることを示している。
また、「9.11」を境として、外国籍でマイナー契約の選手や、マイナー球団の外国人職員などに対する就労ビザの発行が厳格化されたことも記憶に新しい。
「日本人初の大リーグ審判」まであと一歩と迫った平林岳が、就労ビザの発給の遅れにより渡米時期の変更を余儀なくされたことなどは、テロ後の審査の厳格化がもたらす厳しい現実を象徴する出来事のひとつである。
このように考えれば、「9.11」は今も米国の人々に大きな傷痕を残しているだけでなく、球界にとっても見逃せない影響を与えているのである。