元琴光喜が語る「大関論」 名古屋場所で繰り広げられる3関脇昇進レースも占う
伸びしろは豊昇竜
大栄翔(29)、豊昇龍(24)、若元春(29)の3関脇による大関とりが話題になっている名古屋場所。誰が出世街道を駆け上がるのか。地元愛知県出身で、現在は名古屋市内で「焼肉家 やみつき」を経営する元大関・琴光喜こと田宮啓司氏(47)に「大関」をテーマに話を聞いた。
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──三者三様の3関脇ですが、琴光喜さんはどんな印象ですか?
「大栄翔は見ていて気持ちのいいくらいの突き押し専門力士。僕は彼が初日から8連勝、9連勝して突っ走るのかと思いましたが、6日目までに2敗を喫した。前半の2敗はプレッシャーになりますからね。この2敗でどうなるか……」
──豊昇龍はどうですか?
「いい動きをするんだけど、そのせいで自滅しちゃう。でも、そんな奔放な相撲が彼の良さでもある。将来的には安定した相撲を取らなきゃダメだけど、それはもっと鍛えて体が大きくなってからでもいい。今から無難な相撲を取っていたら、それこそ相撲が小さくなってしまう。今は受けることなんて考えず、自由に思い切って相撲を取ればいいと思います。むしろ空回りするくらいの方が豊昇龍らしいですよ」
──豊昇龍の叔父さんの朝青龍とは、現役時代に何度も対戦経験があります。
「朝青龍と比べたら、ちょっとレベルが違いますよ。朝青龍はとにかくバネが強く、どんなに不利な体勢に追い込まれても力を発揮できた。『え、こんな体勢から!?』と驚かされたことは何度もあります。ただ、豊昇龍もバネはある。3関脇の中では一番、伸びしろはありますよ」
──若元春は近年、成長著しいですね。
「僕も『ここまで強かったの?』と思うくらいです。実際に注目して見ても、技にたけてるわけでもなく、力が格別強いわけでもない。じゃあ、何が強いのか? 立ち合い? 四つ? それも違う。そう考えると、すべてが平均を上回る総合力こそ、彼の持ち味なのかな、と。正直、若元春に関しては解析不可能です(笑)」
──過去、大関とりに挑戦した力士はいずれも「重圧」を口にしています。大関の昇進目安は「三役で3場所33勝以上」。三役の力士はいつ頃から大関とりを意識し出すのですか?
「僕は3場所目の場所前から意識しちゃってましたね。だから何度も失敗しました。2場所目までは、まず気になりません。でも、3場所目が近づくと、『33勝まであと何勝』と計算してしまう。いわゆるマジック点灯ってやつですね(笑)。例えばマジック10だとすると、5番しか負けられない。そうなると『この相手には勝つ可能性が高い相撲を取ろう』と守りに入ってしまう。こうなると体が動かなくなってしまうんです。そこで負けると『ああ、もうダメだ』とさらに落ち込む悪循環です。多くの場合、大関とりに失敗する時は前半で星を落とすケースが多いんです」
親方には「明日負けたら休場しろ」って言われたことも
──3関脇も14日現在、全勝はいません。
「そこで『まだ何敗だから』と前向きになれるか、『もう負けられない』と自分自身を追い込んでしまうかが、分かれ目になると思います。力士も人間、超人的なメンタルを持つ人間ばかりではないので、プレッシャーは相当ありますよ。とにかく自分との闘いなんです」
──琴光喜さんが大関昇進をかなえた場所はどうだったのですか?
「僕はそれでも『勝つ相撲』を貫きましたね。07年だから当時31歳。もう若くないから、後悔しないようにやろう、と。あの場所(07年名古屋場所)は15日間、同じルーティンで動いていました。同じ時間にご飯を食べて、同じ時間に寝て、決まった時間に夜食を食べて、毎日マッサージの人に来てもらって……と。それまで大関とりのかかった場所は前半戦で負けることが多かったのですが、この時は初日から10連勝。やっぱり、いかに前半を乗り切るかが大事です」
──大関になったらなったで重圧があります。
「大関はカド番制度があるので、極端に言えば1場所だけなら15連敗しても陥落しない。大関に上がる前は『2場所に1回勝ち越せばいいんだから、大関って得だよなあ』なんて考えが、頭のどこかにありました(笑)。でも、いざ昇進するとそんな考えは吹き飛びますよ。なにせ、連敗したら休場しなければいけないような雰囲気になりますから」
──確かに大関は勝って当然、とファンは期待する。
「これは本当の話ですが、08年の大阪場所(3月)、8日目に負けて2勝6敗になった時、師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)に『明日負けたら休場しろ』って言われたんです。体はどこも悪くないし、まだ負け越しも決まってないのに、え? なんで休場? とボー然ですよ。結局、その場所は8勝7敗で何とか勝ち越せましたが、それくらい大関の責任は大きいんです。カド番があるから……なんて昇進後は考えたことすらなかった。大関に上がる前は8番勝ったら喜んでましたけど、大関でその成績だと『なんだ、あの弱い大関は』と言われてしまう。2ケタ勝利が大関の勝ち越しのようなものですからね。その意味では、楽しく相撲を取れなくなったのかな」
──楽しく、ですか?
「小さい頃から相撲が大好きで角界に入ったくらいですからね。大関昇進前は勝ったら当然うれしいし、負けたら悔しいけど内容が納得できたらそれでもいい。でも、大関は制約も多い。立ち合い変化はダメ、かわすのもダメ。もちろん、それらが良くないという意味もわかりますが、僕らは勝つために相撲を取っている。大関だから何でもかんでも真っすぐ行け! では対策だって取られやすくなる。そう心の中では思っていても、インタビューなどでは『お客さんに喜んでもらえる相撲を取ります』としか言えない雰囲気がありました。あれはつらかったですよ」
霧島は「型がないのが長所」という意味で鶴竜に似ている
──先場所は大関の貴景勝が立ち合い変化で勝ち越しを決めました。
「僕なんかは『必死にやってるな。凄い執念だ』と称賛しますが、そう思う人は1割ほどじゃないですかね。残りは『大関なのに恥ずかしくないのか!』という声が大半でしょう。大関をやった者にしかわからない苦しみ、ですね。ただ、そんな批判の声をまったく気にしない、どこか変わった人が横綱になれる──というのが僕の持論です。白鵬(現宮城野親方)だってエルボーだ何だと言われてましたが、まったく気にしなかったでしょう?」
──貴景勝は今場所休場ですが、初日に休場して4日目から出場した新大関の霧島はどうですか? 鶴竜(元横綱、現親方)に似てきたという声もあります。
「自分の型がないのが長所、という意味で鶴竜に似てますね。どんな体勢になっても強い。ただ、力強さはまだ及んでいません」
──元大関の朝乃山の相撲はどう見ていますか?
「右四つになれば強いですが、相撲に厳しさが足りない。この厳しさとは、相手にまわしを与えない、速攻で勝負を決めるなど、『いかに相手に力を出させず勝つか』という意味です。そうすれば楽に勝てるし、体力も温存できますが、朝乃山は相手に力を出させた上で勝つタイプなんですよね。昔の琴錦さんみたいに、さっと2本差せれば簡単に勝てるのになあ、と思って見ています」
実は関取衆って意外と食べないんです
──最後にお店のことを。やはり、名古屋場所中は大盛況ですか?
「コロナが明けて、ぼちぼちお客さんが戻りつつあるところですね。力士も来ますよ。この前は大栄翔が来ました。非常に礼儀正しかったですよ」
──ちなみに力士といえば大食いのイメージですが、やはり来店した力士はよく食べる?
「白鵬は横綱時代、大きなどんぶり飯を2、3杯食べてましたよ」
──2、3杯ですか……。
「力士にしては……って思うでしょう? それでも食べる方ですよ。実は関取衆って意外と食べないんです。一番よく食べるのは体を大きくしている最中の10代の子たち。僕も関取になってからは普通にお茶碗1杯くらいで十分でした。ただ、本場所中は食べないとストレスで痩せちゃう。僕は1場所で10キロ体重が落ちたことがある。だから、夜食はかかせないんです」
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▽琴光喜啓司(ことみつき・けいじ) 本名は田宮啓司。1976年4月、愛知県岡崎市出身。鳥取城北高で高校横綱に輝き、進学した日大でもアマチュア横綱のタイトルを2度獲得。99年、佐渡ケ嶽部屋に幕下60枚目格付出で入門すると、同年十両昇進。翌2000年に新入幕を果たし、3年目の01年9月場所で初優勝。07年に悲願の大関昇進をかなえた。10年7月場所で引退。幕内通算492勝343敗50休。幕下、十両、幕内で1回ずつ優勝。「焼肉家 やみつき」は年中無休(ランチは平日のみ)。今日も絶賛営業中だ。
(聞き手=阿川大/日刊ゲンダイ)