PL学園・松井稼頭央は身体能力&ルックスが高評価も右肩手術歴がネック、スカウト間の評価が割れた
鈴木は28年間のスカウト活動で数多くの逸材を担当、指名した。捕手の炭谷銀仁朗(2005年)のように1巡目で取った選手もいれば、中島宏之(裕之=00年5位)、栗山巧(01年4巡目)のように下位指名やドラフト外(1990年限りで廃止)で発掘した選手もいる。
西武は秋山幸二(80年外)や工藤公康(81年6位)といった下位、ドラフト外で選手を“囲い込む”ことで、チームを強化した。大学、社会人に進めば、3年後、4年後に再びドラフト指名権を得たときに上位指名されるであろう高卒選手に狙いを定めて青田買いをする。この伝統は現在の西武のスカウト活動にも受け継がれている。
その西武で現在、監督を務める松井稼頭央(93年3位)は、鈴木が担当した。同年ドラフトでは5人指名しての3番目。当時の他球団の評価を見ても、中位から下位候補の位置づけだった。
「PL学園高時代は投手でしたが、右肩を手術してあまり投げられませんでした。プロでレギュラーを獲得した遊撃はちょくちょく守っていた程度で、ほとんど練習はやってなかったと思います。故障さえなければ1位、2位で消えたでしょうね。とにかく足が速く、肩も強い。身体能力は抜群で、初めから遊撃手として目を付けていました。しかも、顔もいいから人気も出ると。当時のウチはファンサービスのこともあって、ルックスも重視していたんです」