「笹の舟で海をわたる」角田光代著
朝鮮戦争の好景気に活気づく東京・銀座のデパートで、勤め帰りの左織は、同年代の見知らぬ若い女性に声をかけられる。風美子と名乗る女性は、戦時中、いじめが横行した学童疎開先で、左織に優しくしてもらったのだという。だが、少女時代の過酷な記憶を心の奥にしまい込んでいた左織は、思い出すことができない。
それでも、この偶然の出会いをきっかけに2人は親しくなり、ついに義理の姉妹になる。左織の夫の実弟と風美子が結婚したのだ。
疎開体験を共有する2人だが、戦後は全く違う人生を歩むことになる。
左織は2人の子を持つ専業主婦。戦争で家族を全て失った風美子は自分の力で這い上がり、料理研究家として脚光を浴びる。保守的で自分の意見を持たない左織には、風美子の生き方がまぶしい。自分の家庭に深く入り込み、反抗的な娘が自分より風美子になついていることに嫉妬を覚える。最初の出会いは本当に偶然だったのか?左織は疑念をぬぐいきれない。
2人の女の戦後が、左織の心理的な恐怖をスパイスに描かれる。少女が初老になるまでの50年の物語は、思い出したくない過去を葬り、豊かさに向かって突っ走った戦後日本の姿を鮮やかに映し出している。