読むだけでお腹が減る「食べ物小説」特集

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「まぼろしのコロッケ」倉阪鬼一郎著

食事は目でも楽しむ」といわれるが、料理やレストランを題材としたグルメな小説を読むと、写真で見るよりもリアルに“おいしそう!”と思わせられるから不思議だ。今回は、時代小説から青春ドラマ、コメディーなど幅広いジャンルの食べ物小説をご紹介。ダイエット中の人は空腹を我慢できなくなる恐れがあるので要注意かも?

 時は江戸。おたねが夫とともに切り盛りする料理屋「夢屋」は、腹をすかせた町民たちでいつも賑わっている。今日のおすすめは麦飯おじや。釜に昆布を敷き、麦飯を入れたら溶き卵を入れて玉柄杓で優しく混ぜながらふんわりと固まるのを待つ。器に盛ったら刻んだ茹でエビとネギをのせ、だし汁に醤油とみりん、水溶きくず粉を混ぜた餡をかければ出来上がりだ。

 おたねは昨年、大地震で一人娘のおゆめを亡くしていた。夢屋の界隈にも、家族を失い悲しみに暮れる町民たちがたくさんいた。うまい料理で客が笑顔になる姿を見ながら、おたねはこの一年、必死で生きてきたのだ。

 しかし、大地震の傷も少しずつ癒えようかという安政3年の秋、江戸の町は大暴風と高潮に襲われる。命からがら逃げたおたねは、悲観に暮れる人々を料理で救おうと立ち上がるのだった。(光文社 580円+税)

「鴨川食堂いつもの」柏井壽著

 阪神電鉄京都本線烏丸駅のほど近くで、鴨川流とこいしの父娘が営む小さな食堂。そこは、客の思い出の味を探してくれる不思議な店だった。

 金沢から訪ねてきたという松林信夫は、娘の葉子が8年前に作ってくれたカレーの味を求めていた。訳あって一緒に暮らせない娘に代わり、松林は今、葉子が置いていった孫の文則をたったひとりで育てている。そして、孫に母親のカレーを食べさせてやりたいが、具やスパイスを工夫しても、どうしてもあの味にたどりつけないのだという。やがて、流とこいしは葉子のカレーの秘密をつきとめる。その隠し味は、醤油とカツオのそぼろ。魚嫌いの父のために娘が苦心して編み出したレシピだった。

 天涯孤独の青年に親友の母が作ってくれたオムライス、父との思い出のかけそばなど、食が呼び覚ます温かな記憶に触れる物語だ。(小学館 570円+税)

「下町和菓子 栗丸堂 5」似鳥航一著

 6月の和菓子にはさまざまな種類がある。とくに有名な「水無月」は、外郎の表面に小豆の粒を並べた美しく透明感のある和菓子で、氷室に貯蔵された氷を表現している。浅草で明治から続く老舗の和菓子屋「栗丸堂」が、白鷺流茶道の次期家元から依頼されたのも6月の和菓子。しかし、白鷺流は水無月ではなく、味の調整が難しい「若鮎」を指定する。

 栗丸堂の若き4代目の仁は、小麦の生地で巻く求肥と餡の味を極限まで洗練させる。

 しかし、かつて天才和菓子職人と呼ばれた富樫が栗丸堂に現れ、ハチミツをふんだんに使い、求肥のみを包んだ力強い若鮎を作り上げる。白鷺流の濃茶に合う和菓子を追求した富樫の若鮎に、仁は動揺を隠せず……。

 職人の道を追求する若者の成長物語を楽しみながら、和菓子の奥深い世界も堪能できるシリーズ5作目。(メディアワークス 550円+税)

「オムライス日和BAR追分」伊吹有喜著

 ねこみち横丁の一角にある「BAR追分」は、夜こそBARになるものの、モーニングもランチもやっている変わった店だ。

 店の常連である輝良は、脚本家になる夢を追いかけながらも芽が出ず、30歳を迎えようとしている。大学のゼミで同期だった沙里と再会し、充実した日々を送る彼女のSNSをのぞきながら、ますます落ち込む毎日だが、沙里も悩みを抱えていた。

 ある日、ふたりはBAR追分でランチを取ることに。今日のメニューはオムライスで、ソースはトマトかデミグラス、クリームシチューから選べるという。シンプルにトマトを選ぶ輝良に対し、沙里のオーダーは“全部がけ”。対照的なふたりは、オムライスを頬張りながら少しずつ距離を縮めていく。

 悩みを抱えた常連たちの、心とお腹を満たす「BAR追分」。ぜひ行ってみたいものだ。(角川春樹事務所 520円+税)

「さくらんぼ同盟」松宮宏著

 整形外科医を務める惇史のもとに、大暴れする“死体袋”が運び込まれる。とりあえず調べてみると、遺体の脇の下に何やら怪しげな腫瘤が確認される。手術で摘出すると、赤くてまあるいさくらんぼのよう。しかし、トレーに入れて病理に回そうとしていたところ、突然看護師が失神。何と、こっそりと腫瘤を“食べてしまった”らしいのだ。

 目を覚ました看護師に事情聴取すると、プリッとした食感とトロける口当たりで甘酸っぱく、喉を過ぎる感触はまるで天使の羽。一口で思わず天国へ行きそうだったという。この魅惑の美味の腫瘤の存在がマスコミに知れたからさぁ大変。惇史は、腫瘤を持つ患者を探してマフィアまで参戦する大騒動に巻き込まれることになる。

 異色の“食べ物(?)”小説だが、禁断の味を想像して、イケナイ扉を開きそうになる。

(講談社 700円+税)

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