「遊園地に行こう!」真保裕一氏
壮大かつ緻密なミステリーや冒険小説で知られる著者だが、まったく別の顔をのぞかせてくれるのが本作で3作目となる「行こう!」シリーズ。再生をテーマにしたエンターテインメント作品であり、心温まる“お仕事小説”だ。
「このシリーズは私の個人的な思い出が詰まった作品なんです。最初の『デパートへ行こう!』は、子どもの頃に父親の職場がデパートの近くにあり、仕事帰りに連れて行ってもらったことを思い出したのがきっかけで執筆したもの。2作目の『ローカル線で行こう!』は、母親の実家の最寄り駅がローカル線の無人駅で、夏休みなどに遊びに行っていた記憶を軸に描きました」
3作目となる最新作の舞台は遊園地。子どもの頃に住んでいた団地の近くにあった遊園地での思い出が生かされている。遊園地は夢の世界だが、楽しいばかりではなく、根底にせつなさが感じられる物語となっている。
「1作目は家族の再生、2作目は地域の再生、そして本作ではもっと広げて、夢や人そのものの再生がテーマとなっています」
物語の舞台は、私鉄沿線の田園地帯に広がる「ファンタシア・パーク」。海外から上陸したアミューズメントパークに押され、一時は閉園の危機に追い込まれたものの、マンガ雑誌の名編集者として知られた男の手腕によって奇跡の復活を遂げていた。
しかし、夢の世界で働くのは夢を抱いている者ばかりではない。不慮の事故で顔に傷を負い人前に出たくない青年、自分の居場所はここではないと思いながらなかなか芽が出ないショーダンサー、ロボット工学を学んだものの不況のあおりを受けて職を失い仕方なくファンタシア・パークのメンテナンス部で働く男。そんな夢を見失った従業員たちの前に、パーク内で“魔女”と呼ばれるベテランスタッフが現れる。
「今回、遊園地で働いている人たちに取材を敢行したのですが、どの人も“楽しませるプロ”として仕事に愛を持っていて、圧倒されました。私は小説家になって今年で25年経ちますが、小説が書ける喜びや情熱を忘れかけていた。今の時代、やりたい仕事をやりたいようにできている人は多くはないと思いますが、しかし知恵を絞っていい仕事をすれば、その先に新しい目標も見えてくるはずです。本作を執筆しながら、私ももっといい作品を書いていきたいと強く思いました」
仕事をすること、そして生きていくことの意味を問う本作。一方で、物語には著者ならではのミステリー要素もちりばめられている。ファンタシア・パークに起こる、不可解な事件と人間模様が入り乱れ、一粒で二度も三度も楽しめる。
「先日、学生時代の悪友たちと会ったのですが、『おまえの小説は小難しいものが多いが“行こう!”シリーズは面白くて読んでいるぞ』と言われたんです。どの作品も読めよと言いたいところですが、まぁ楽しんでくれたならよしとしましょう(笑い)。このシリーズは一応今回で最後と思っていますが、また再生をテーマにできる舞台が見つかれば、書いてみたいと思っています」(講談社 1500円+税)
▽しんぽ・ゆういち 1961年東京都生まれ。91年「連鎖」で江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。96年「ホワイトアウト」で吉川英治文学新人賞受賞、97年「奪取」で日本推理作家協会賞と山本周五郎賞受賞、06年「灰色の北壁」で新田次郎文学賞を受賞。幅広いジャンルで多彩な作品を発表し続けている。