「大統領の演説」パトリック・ハーラン著
日本も注目するヒラリーVSトランプの米大統領選。米国の選挙がなぜあれほど盛りあがるのか。それは候補者の個性的なスピーチにあるという。
「トランプの特徴を一言で言うと、個人攻撃や嘘をつく話術ですね。スピーチの酷さで言えば、1968年、ニクソンが大統領になったときの大統領選候補で、人種隔離政策を唱えて批判を受けたジョージ・ウォレスを上回る。それでも、下馬評が低かったトランプが共和党の大統領候補に挙がってきたのは、移民問題やテロ対策など極端な政策ではあるものの、『俺が引っ張っていく』という気迫のある主張が一部の心に響いたからなんですね。一方で、政策オタクで知られるヒラリーはスピーチ内容自体は、理論上破綻しているわけじゃない。なのに、これほどまで嫌われているのは、スピーチが下手でロボットが話しているように聞こえるためです。だから支持が伸びないんです」
米コロラド州出身、ハーバード大卒業のお笑い芸人である著者によるスピーチ論。歴代大統領のスピーチの原文を引用、読み解きながら、その特徴やテクニックを紹介している。
「20世紀生まれの大統領で、心を掴む演説をしているのは、ケネディ、レーガン、オバマですね。彼らは言葉の力で大統領になったと言っても過言じゃありません。感情や個人の過去の経験を訴えることで、大衆を引きつけたんです」
3人の大統領は、議論好きな古代ギリシャ人が好んで使ってきたというエトス、パトス、ロゴスの3要素を取り入れたスピーチを展開した。
「エトスは、話している人の信頼を高める説得要素で、個人の経験や思いなどです。パトスは、感情に働きかける説得要素で、愛国心や子どもや弱者への同情を促す文言などが使われます。ロゴスは、知性に訴えかける説得要素です。これは、『自民党をぶっ壊す!』といった簡潔明解な言葉や『来た、見た、勝った』と3つの言葉を並べる手法です。比喩表現や語呂合わせなどを利用し、感覚的に納得させるわけです」
これをうまく活用していたのが、都知事に当選した小池百合子氏だ。
「小池さんは、ひたすらうまいと思ってみていました。先手を打って立候補し、党から支持を受けられないならそれをいいことに『いじめられっ子』として振る舞う。しがらみがないことを示すために『冒頭解散』を主張し、『厚化粧』など政敵の言葉をすぐ拾って反論し、攻撃側を小さい人間に見せる。ゴーヤやブロッコリーのような身近なものを登場させ、自民党カラーである緑を奪った。政策は100%応援しているわけじゃないですが、政治家としての巧みさは感心します」
一方、鳥越氏の敗因はテクニックを活用できなかったからだと分析する。
「鳥越さんは個人的にも応援していただけに残念です。自分の立場が危ないと思ったら、相手に矛先を向けるのも政治家の古来のテクニック。これを使ったら変わっていたのではないかなと思います。僕なら、『増田さんは党のために動いている。小池さんは自分のために動いている。僕だけは都民のために動く』と言いますね。政策はどこにも入っていないけど、キャッチフレーズがあれば、おおっと思うものです」
部下を持ち、人を動かす立場のサラリーマンも同じ。人心掌握のコツを大統領のスピーチから学び、現場で大いに活用したい。(角川書店 820円+税)
▽パトリック・ハーラン 1970年、米コロラド州生まれ。93年にハーバード大を卒業後、97年にお笑いコンビ「パックンマックン」を結成。NHK「爆笑オンエアバトル」や「英語でしゃべらナイト」で注目。2012年には、東工大非常勤講師に就任。著書に「ツカむ!話術」など。