「西一番街 ブラックバイト」石田衣良氏
池袋西口公園を舞台に、街で起こる数々の事件やトラブルを解決するため若者たちが暗躍する。通称“IWGP”と呼ばれ、初作から今年で19年、本作で12作目となる人気シリーズだ。
「登場人物たちが活躍しやすいような不穏な事件が日本に増えて、社会問題がなかなか解決しないことが、このシリーズが長く続いている理由のひとつかも知れません。小説を書く上で題材があることはいいのですが、あまり喜ばしい状況とはいえませんね」
果物屋の息子でありトラブル解決人のマコトを主役に、タウンギャング集団「G-Boys」を束ねるキング・タカシなど、お馴染みの個性的なキャラクターが登場する。
毎作、世相を反映する事件を切り取ったシャープな物語が描かれていくが、今回も人気ユーチューバーへの脅迫事件や、若い女性を狙う美容整形の悪徳商法、そして表題作にもなっているブラックバイトなどを俎上に載せている。
「若者を低賃金で酷使して使い潰すブラックバイトは、現代の大きな社会問題です。デフレ不況以降、日本人の働く環境は悪化の一途をたどり、そのしわ寄せが力を持たない若者に押し寄せているわけです。学校よりもバイトの都合を優先しろと強制され、辞めたら店が潰れるから損害賠償を請求する、正規の就職ができないように訴えてやるなどと脅される。そんなことが一般企業でごく普通に行われている現状に、大人はもっと目を向けるべきです」
物語では、池袋に進出してきた飲食チェーンのOKグループとの戦いが描かれていく。
従業員は、代表である大木啓介の著書を3冊以上購入することを強制される。著書の内容から定期的に試験が行われ、点数の悪い者は過酷な労働を負わされる。常に“憲兵”と呼ばれる社員に見張られて、時には暴力にもさらされるが、辞めることは決して許されない。
一方で大木は、“感謝と感動の経営”をアピールし、次期区長選にも出馬するという噂だ。
そんな矢先、OKグループの従業員が自殺を図る。
「日本では今、人を安く使い潰すことに何のためらいも反省もなくなっている。とても先進国とは思えません。ヨーロッパなどで不法就労の移民がこのような扱いをされ、しかし弱者であるため声を上げられず、ということは考えられますが、日本では同じ民族間でやっているんですから。異様な状況ですよ」
すでにIWGPの次回作にも着手しているという。著者の作品の中でも、本シリーズはジャーナリズムに近い小説であり、時代を捉えるのにも役立つ。
「シリーズ開始からもう19年です。マコトたちはサザエさんみたいなもので、これからも年を取らずに事件を解決してくれるでしょう(笑い)。現実の世界ではそう簡単に解決には至らないでしょうが、社会問題がある限り、本シリーズは書き続けていきたいと思っています」(文藝春秋 1500円+税)
▽いしだ・いら 1960年、東京都生まれ。成蹊大学経済学部卒業。97年「池袋ウエストゲートパーク」で作家デビューし、オール読物推理小説新人賞を受賞。2003年「4TEEN」で直木賞受賞、06年「眠れぬ真珠」で島清恋愛文学賞受賞、13年「北斗 ある殺人者の回心」で中央公論文芸賞受賞。「アキハバラ@DEEP」「美丘」など著書多数。