「手紙は憶えている」認知症老人のロードムービー
「老い」を描く文学や映画が増えつつある。産業先進国はどこも共通して少子高齢化の波を逃れられないからだ。
その「老い」を描いて、驚きの結末に至る映画が評判だ。封切りから1カ月を経てなお堅実な観客動員を続ける「手紙は憶えている」である。
主人公はアメリカの裕福な老人ホームに住む90歳のゼヴ。つい最近、妻に先立たれて認知症が急速に進んでいるが、同じホームで暮らす車椅子の友人に、一通の手紙を渡される。
「君が忘れても大丈夫なように、すべてを手紙に書いた。約束を果たしてくれ」
実は2人は戦時中、アウシュビッツに収容されていた経験の持ち主で、友人は憎い収容所長が偽名でアメリカ人に成り済ましているのを探り当てた。ひいては車椅子で動けない自分の代わりに疑わしい5人を訪ね、突き止めてほしいというのだ。ただでさえ記憶の剥落に困惑するゼヴだが、友人の強い言葉に気おされ、ホームを出て独り旅に出てしまう……。
と、ここまでが物語の導入で、以後は認知症老人のロードムービーが意想外の展開を伴って進んでいく。監督はトルコに蹂躙された民族の悲劇を描く「アララトの聖母」で一躍認められたアルメニア出身の両親を持つアトム・エゴヤン。達者な腕前だが、本作でようやくハリウッド業界での安定した地位を見いだした感がある。
翻って胸が詰まるのが、認知症老人の目に映る世界の頼りない姿。最愛の妻を認知症に奪われた男の孤独を語る耕治人「そうかもしれない」(晶文社 1500円+税)を思い出す。
〈生井英考〉