偉人のことが短時間で分かる知のトレーニング書
「知性の磨き方」齋藤孝著/SB新書 800円+税
ネットの検索機能は「知識にアクセスするための高速道路」のように感じるだろう、としつつも、その問題に詳しい人に質問をしたり何冊も本を読むことの重要性も説く。我々は案外と知らないことが多く、それは特にネット時代には顕著になる。恐らく「ラーメン二郎」が好きな人にとっては、検索をし尽くし、相当詳しい知識はあることだろう。それこそ昨年話題になった某店でまともなラーメンが出てこなくなり店主が心配された、という話は「ジロリアン」にとってはおなじみのことである。
人は興味関心のあることは深く知ろうとするが、そうでないものはさほど調べようともしない。それは歴史上の人物にしても同じで、私は明智光秀や坂本龍馬については知りたかったが、1000円札の肖像となっていた夏目漱石については特に興味はなかった。多数のヒット小説を出した以外、業績もよくわからなかった。だが、俄然、夏目漱石に関し、本書を読むことで興味が湧いたのである。
〈日本ではエリートであるはずの自分が、英国の社会においては「日本人である」というだけで軽く見られる経験を留学中に何度かしています。おそらくはその影響もあり、彼はやがて当時の国際社会における日本の弱い立場を自分自身の劣等感として抱え込むようになりました〉
ここから、夏目漱石の手記や発言を多数紹介し、夏目漱石の人物像に迫るとともに、現代日本に与えた影響を考える。ほかにも福沢諭吉、西郷隆盛、柳田国男、額田王といった逸材も網羅し、「5分でわかる名作」ならぬ「短時間でわかる偉人とその考え」的書になっている。
さらには、西郷隆盛が島流しにされていた時の経験が後の倒幕につながったのでは?といった著者の仮説を知ることができ、昔の人は知性が「脳」ではなく「肚」や「肝」から上がってきていたと考えていた節がある、といった説も唱える。
あくまでも著者の仮説も多い本書だが、そうした仮説を導くためには相当な量の本を読み、まったく関係のない偉人の思考、そして時代を超えた人間の行動パターンをつなぎ合わせなくてはいけない。「仮説」という知の結論に至る前段階にまで昇華させるトレーニングにもなる書であり、知性を得るにはどうすればいいのか、の方法論を示してくれる。夏目漱石・西郷隆盛に関し本をさらに買ってみようと思わされた。★★(選者・中川淳一郎)