「世界の特別な1日」マルゲリータ・ジャコーザほか著、村田綾子訳
1888年にコダック社が比較的安価な箱型カメラを売り出して以降、人類の進歩を示す出来事や重要人物は、ほぼ写真として記録されてきた。そしてスマホや携帯電話にカメラが標準装備となった現代、地球上では1日だけでも天文学的な数のシャッターが切られ、ありとあらゆる出来事やモノ、ヒトが記録され続けている。
本書は、1869年5月10日の米国初の大陸間横断鉄道開通の瞬間から、2015年10月1日に撮影されたギリシャのレスボス島にたどりついたシリア難民の少年の姿まで、約150年間の人類の重要な歴史的瞬間を100枚の写真で振り返るドキュメンタリー写真集。
1895年、映画の父と呼ばれるリュミエール兄弟が撮影した映画の原点ともいえる最初期の短編映画群のひとつ「ラ・シオタ駅への列車の到着」の一コマ、1903年12月17日にアメリカのノースカロライナ州キティホークで撮影されたライト兄弟の初飛行、1908年2月13日、胸を張って毅然と警察に連行される英国の婦人参政権運動の指導者エメリン・パンクハースト(写真①)、1911年12月14日ノルウェーのロアル・アムンセンとその仲間たちによる南極点初到達など。冒頭は人類の輝かしい足跡が並ぶ。
しかし、第1次世界大戦中の1915年4月22日に西部戦線で使用された毒ガスによって苦しむ兵士(写真②)をはじめ、世界恐慌のきっかけとなった1929年10月24日「ブラックサーズデー」直前の群衆が押し寄せる米国の証券取引所前の光景、1936年9月のドイツのヒトラー総統が率いるナチス党の全国党大会、1941年12月7日の日本軍による真珠湾攻撃など、次第に人類のもうひとつの顔が現れる。
こうして、決定的な瞬間を眺めながら2017年の今の時点から歴史を振り返ると、人類は成し遂げたことよりも、成し遂げられなかったことの方が多いように感じてしまう。
ベトナム戦争の戦火から泣き叫びながら逃走する全裸の少女をとらえたニック・ウットの「戦争の恐怖」など、一枚の写真が世界を動かしたこともある。
一方で著者は、そこにいたはずのトロツキーの存在が抹消された、前線に赴く兵士を前にした1920年の有名なレーニンの演説写真や、実は食べ物の話題で談笑していただけなのだが、写真では冷戦を象徴しているように見える米国のニクソン副大統領とソ連の最高指導者フルシチョフのツーショット(写真③)など、写真が時に真実を曲げて伝えていることを警告する。
今後、人類はどのような特別な1日を積み重ねていくのか。願わくば、悲劇や憎悪よりも、希望や歓喜、救済のシーンがより多くなりますように。(日経ナショナル ジオグラフィック社 3200円+税)