「写真民俗学」芳賀日出男著
間もなく96歳の誕生日を迎える現役写真家が、これまで撮影してきた国内外120以上の祭礼を紹介するフォトリポート。
冬至を境に、太陽は新しいエネルギーを宿して蘇ると信じられるヨーロッパや日本では、その前後に冬祭りや新しい年を祝う祭礼が多い。実は聖書にはキリストが12月25日に誕生したとはどこにも記されておらず、キリスト在世に絶大な力を持っていた太陽信仰ミトラ教の信仰にのっとってクリスマスが冬至のころの記念日になったという説もあるそうだ。
オーストリアの寒村で毎年12月5日に行われる「ニコロシュピール」(聖ニコラウス〈サンタクロース〉の祭り)では、麦わらで全身を覆った「シャープ」と呼ばれる道案内役を先頭に、北欧の最高神オーディンや女戦士ワルキューレ、そして聖ニコラウスが行進。聖ニコラウスが子どもたちと交流する場に、悪魔であり獰猛な動物の化身でもある「クランプス」が乱入してくる。
他にも、山からやって来て冬の悪霊を追い払うとされるアルプスの麓にあるスイスの農村ウルネッシュの精霊「クロイゼ」など、ヨーロッパの旧年から新年へまたがる祭りの習俗は、秋田県男鹿半島の「ナマハゲ」や鹿児島県の下甑島の「トシドン」などの日本の「歳神」と共通するという。
こうした「来訪神」に続き、和歌山県の神倉神社の「御燈祭」や、ドイツ南西部の「黒い森」と呼ばれる地方で悪魔や魔女の像を焼き払う「ファスネット」など、火を燃やして新しい年や春の訪れを寿ぐ「火祭り」など、それぞれの祭りの特徴ごとに分類し、写真とともに紹介する。
中には、昭和53年に立ち会った、沖縄の新しいナンチュ(神女)を定める「イザイホーの祭り」(琉球王朝の時代から12年に1度午年に行われてきた)のように、その後、現在まで途絶えてしまった祭礼もあり、貴重な記録となっている。
他にも、神になり切るための「仮面」の章で紹介されるパプアニューギニアの山岳地帯に住む百の部族が年に1度、一堂に会して親睦をはかる祭礼「シンシン」に参加する仮面をかぶり野草で全身を覆った呪術師、京都平安神宮の節分行事に現れる黄金の4つ目の面をつけた「方相氏」、「巨人」の章で紹介される稲わらで道祖神碑を飾り付けた長野の「ドウロクジン」など。神への畏敬からつくり出された異形の者たちに目が奪われる。
大学時代、折口信夫の講義に触発され、祭礼に登場する「神々」を撮影するようになったという著者の集大成だ。
(KADOKAWA 2500円+税)