仮想敵を叩くだけでは問題は解決しない
「10万個の子宮」村中璃子著 平凡社/1600円+税
2013年4月、子宮頚がんワクチンが定期接種化された。しかしその直後、接種後にけいれんを起こすようになった少女たちの映像がメディアで繰り返し放送され、政府は積極的接種勧奨の中止を決定した。
ワクチンが薬害を引き起こしていることを示す科学的エビデンスは何ひとつ提示されていないにもかかわらず、社会のワクチン不安が高まった結果、現在に至るまで事実上の接種停止状態になっている。そして2016年、健康被害を訴える女性たちは国と製薬会社に対して集団訴訟を起こしている。
子宮頚がんワクチンをめぐる問題は、医学の問題に思えるかもしれない。しかし、ワクチン不安の背景にある諸問題=SNS上でのフェイクニュースの蔓延、非科学的な情報を拡散する大手メディア、そしてそれをうのみにしてしまう私たちの問題は、完全に社会の問題だ。
本書を一読して、私は数年前にメディアを賑わせた「JKビジネス」と共通する点が多いと感じた。思春期の少女が「被害者」として大手メディアで取り上げられ、具体的なエビデンスのないまま仮想敵が設定され、支援団体がメディアで注目を浴び、感情論や陰謀論がSNS上で飛び交う中、政治家が被害者の救済や規制強化を訴える。
仮想敵を叩くだけ、規制を強化するだけでは問題は何も解決しないにもかかわらず、それをしないと当事者たちや世間の気が治まらない。そうした情報に尾ひれがついて海外メディアにも発信され、国際的に大きく取り上げられるようになる。
少女たちを本当に救済したいのであれば、そして被害を減らしたいのであれば、フェイクニュースやデマに踊らされないためのリテラシーを、私たち一人一人が身につける必要がある。本書はそのための格好のテキストになるだろう。
「人間の知性や理性はいずれ合理的根拠のない負の感情に打ち勝ち、明るみにされた真実や科学とともに人類は進歩をとげていくものと信じている」という著者の言葉に希望を感じる。