「あつあつを召し上がれ」小川糸著
食の好みが合うことが付き合うことのひとつの決め手になるという人がいるかと思えば、食の好みは正反対だけどうまくやっているというカップルもいる。
本書収録の「親父のぶたばら飯」の主人公の恋人は前者。恋人に連れられてきたのは、横浜中華街にある中華料理屋で、食道楽だった恋人の父親がよく通っていた店だという。その父親の遺言は、「嫁さんを選ぶときは、この店の味がわかる相手にしろよ」というもの。母親もまた、一緒に食事をして、「残さないできちんと食べる相手だったら、財布を任せても大丈夫」だと言っているという。ここでそういう話が出るということは……。
【あらすじ】デビュー作「食堂かたつむり」で、食べ物小説に新境地を開いた著者の短編集、上記を含めて食をめぐる7つの物語が収められている。
認知症になった祖母を母と一緒に介護する孫娘が、思い出の詰まったかき氷を食べさせようとする「バーバのかき氷」。
長年一緒に暮らしてきた同棲相手と能登へ最後の旅に出かけた女性が、松茸尽くしの食事を堪能する「さよなら松茸」。幼い自分にみそ汁の作り方を教えてくれた母の遺言を守り、父親に毎日みそ汁を作り続けた娘が嫁ぐ日を描いた「こーちゃんのおみそ汁」――。著者ならではの、ほっこりと心温まる物語が並ぶ。
【読みどころ】ところが、6作目の「ポルクの晩餐」は、豚と同棲している主人公が、その豚と心中するためにパリへ行き、豪勢な最後の晩餐をするという、なんともシュールな設定の物語。艶めかしくもグロテスクで、著者の異なる面をうかがわせる。とはいえ、いずれも食の場面の描写は秀逸。短いながら満腹になること請け合い。
<石>
(新潮社 400円+税)