「1968年」中川右介氏
「プラハの春」にベトナム反戦運動、フランスの「五月革命」。日本でも学生運動がピークを迎え、若者が旧世代と闘った激動の年から今年で50年。本書は、さまざまな出来事があった68年において、「大衆娯楽」に主眼を置いた評論である。
「68年って、漫画は『ガロ』系、映画は大島渚、演劇は寺山修司などのアングラ系が代表みたいに語られることが多いでしょ。でも実は、こういうのは一部の人がハマっていただけ。当時20歳前後で学生運動や前衛芸術に傾倒してきた『意識高い系』の人たちで、せいぜい数万人です。一方で数百万人を夢中にさせた当時メジャーなものほど、なぜか語られなくなりつつある。実はこの時代に大衆が夢中になったものにこそ、今のポップカルチャーの基礎があるのに。そこをすくい上げたいと思ったんです」
本書では、「あしたのジョー」を軸に「少年マガジン」と漫画雑誌の攻防戦を描く第2話、「巨人の星」と阪神タイガースのエース江夏豊をテーマにした第3話が特にボリュームも大きく、熱がこもっている。
「あしたのジョー」と「巨人の星」は当時、「マガジン」最高部数を支えていた超人気漫画で、原作はいずれも梶原一騎(「あしたのジョー」は別名義の高森朝雄)だ。
「この時代、司馬遼太郎や松本清張より、圧倒的に読まれていたのは梶原一騎です。まさに大衆娯楽を代表する作家ですよ。当時僕は8歳で、巨人戦はTVで見ていたし『巨人の星』も単行本で読んでいましたけど、雑誌のリアルタイムでは追っていなかったんです。今回改めて年表を作って照合してみたら、『巨人の星』が現実のプロ野球とぴったりリンクしていたことには驚きました。梶原一騎は、現実の試合を見た日にそれを反映したネームを仕上げていたりする。当時の漫画は今と違って物語の進むテンポが速く、1ページの情報量も多いからできたんでしょうね。一方で全くの創作ももちろん多く、まさに虚実入り交じっています。今読んでもやっぱり面白い」
「大リーグボール1号」の登場も、現実のペナントレースで巨人が連敗していたことがきっかけらしい。そして、同時期に連載していた「あしたのジョー」との関連も丁寧に追う。
「いずれにしても、梶原一騎の仕事量はすさまじい。最終的に当時の週刊少年誌5誌全てに連載していたんですから。そりゃ、人間性も変わりますよ。この本にも後日譚として書きましたけど、栄光は長く続きませんでした。ほかにも、当時あれだけ大人から嫌われていたザ・タイガースが、20年後に昭和を代表するグループとして紅白に出ていた後日譚があると、それぞれの人生を感じますよね」
本書は漫画のほかに、映画界の独立戦争や音楽業界についても紹介。その中で松本隆や角川映画など、今の音楽・映画業界に通じる流れの萌芽も多数登場し、「ポップカルチャー時代の始まり」としての68年の姿が浮き上がってくる。
「ザ・タイガースは今のジャニーズ的な存在でしたけど、当時の大人、特におじさんは、マユをひそめていました。理解できないという危機感もあったんでしょう。そんな中、理解できないが商売になると考えた人が70年代以降は成功していくんです。タイガースのナベプロしかり、ジャニーズしかり。この本を書いてみて、結局は大衆のほうが正しい選択をしているのではと感じましたね。『意識高い系』の人はメディアに踊らされているとかよく言いますけど、踊らせようとしても失敗することは多い。大衆の持つ選択眼ってバカにできないと思うんですよ」
(朝日新聞出版 910円+税)
▽なかがわ・ゆうすけ 1960年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2014年まで出版社アルファベータ代表取締役編集長として「クラシックジャーナル」や評伝等を編集・発行。作家としてクラシック音楽、ポップス、歌舞伎等の評論・評伝で活躍。「江戸川乱歩と横溝正史」「阿久悠と松本隆」など著書多数。