「熱帯」森見登美彦著
小説を書きあぐねていた森見登美彦は、ふと昔、京都の古本屋で手に入れた「熱帯」という本を思い出す。作者は佐山尚一。SFともファンタジーともつかぬ不思議な物語は妙に心引かれるもので結末はどうなるかと思っていたところ、突然、本が消えてしまい、以後あらゆる手を講じて捜したが見つからなかった。
ところが「沈黙読書会」という不思議な読書会で、森見は白石という女性がその本を持っているのを見つける。結末を知りたいという森見に、彼女は「この本を最後まで読んだ人はいない」という……。
ここまではプロローグ。今度は白石が「熱帯」にまつわる自身の体験を語り始める。白石も読みかけのまま本を紛失していたのだが、偶然、「熱帯」を読んだことのある人たちの集まりがあるのを知る。それぞれの記憶を寄せ集めて「熱帯」の謎に迫ろうというのだが、ここから物語は急展開。京都、旧満州、絶海の孤島と場所、時代、語り手がめまぐるしく変わっていく。
壮大な物語の迷宮へぐいぐいと引きずり込まれていく、刺激に満ちたメタフィクション。
(文藝春秋 1700円+税)