「居酒屋甲子園の奇跡」桑原才介氏
今年も11月に、パシフィコ横浜で、5000人もの観客を前に「居酒屋甲子園」が開かれた。
覆面調査などで地区予選を勝ち抜いてきた全国の繁盛店5店の店長やスタッフら15~30人が、壇上で自店の取り組みや日々の営業に向かう思いを20分間プレゼンし、観客の投票によって「日本一の居酒屋」が決まる大会だ。
本書は、13年前に始まり、年々拡大を続けてきている大会の屋台骨となった居酒屋店主ら約30人に取材し、その全容に迫ったドキュメントである。
「1960年代から外食業界のトレンド分析をしてきた中、居酒屋甲子園は長く私の視野には入ってこなかったんです。ところが、この『甲子園』イベントが介護、エステ、旅館建設職人ら他の業界に及んでいることを知って、これはただ事ではないと思ったのが取材動機です。発起人の大嶋啓介さんに会ったところ、当時、自由が丘や渋谷などで『てっぺん』という居酒屋4店を経営していた彼は、甲子園球児になることを夢見たけど、挫折した人だったんですね。同業他社を『仲間』と思い、働き甲斐のある業界に変えたいんだと熱く語るのを聞き、私は、彼にも居酒屋甲子園にもいっぺんに魅了されちゃったんです」
居酒屋で働いている、といえば、軽い、チャラいと思われがちで、親もいい顔をしない。そんな社会的地位の低さを払拭し、「居酒屋から日本を元気にしたい」――。その無謀ともいえる大嶋さんの発想に同業の盟友ら3人が共感した。そして、「仲間」をどんどん巻き込み、手弁当で前代未聞の居酒屋甲子園の仕組みがつくり上げられた。著者はまず、大嶋さんの経営店の朝礼を見学した。
「全スタッフがわれ先にと手を挙げて、『私は日本一のビールをつぎます』『日本一の笑顔をつくります』などと『ナンバーワン宣言』をする熱気に、度肝を抜かれました。このノリはなんだ。カルト的かと疑ってかかりましたが、違いました。夢を愚直に追求していく素晴らしさ、でした。『はい』『ありがとうございます』といった言葉を大声で唱和し、朝礼が終わると、皆すっきりした顔つきになり、いい接客につながっていたのにも驚きました」
出場する居酒屋のスタッフには原価率や損益分岐点などの数字が日ごろから明かされているため、彼らは、自分たちの「夢」の実現が店の売り上げに直結していることを十分に理解しているのだ。
壇上で、こうした朝礼を再現するチームもあれば、接客、調理のこだわり、連帯感づくりの成功事例、地域や生産者とのつながり方など、担当する仕事の面白さを語るチームもある。企業体としては大半が4、5店規模。今やエントリーする店舗は1768に上り、勝者はその頂上に立つ。首都圏ではこれまでに、東京・江東区の「いざかや炎丸亀戸店」、渋谷区の「DRAEMON」、埼玉県深谷市の「三好屋商店酒場深谷店」の3店が優勝している。
「客席で見ていて、発表者たちの姿に、素直に感動しました。居酒屋甲子園は、彼らが仕事、ひいては生きることに自信を持つきっかけになっていると確信します。エントリー企業は、飲食業界の中では離職率がぐんと低いんですよ。経営者は、ほぼ40代。外食産業が成熟化してから起業しています。地元だけで展開し、効率主義でない経営方針で伸びているところばかりです。経営者もスタッフも『共に』が生き方そのもので、街や地域を活性化させているんです」
居酒屋甲子園から、新しい世代のロールモデルと、新しいビジネスの在り方が見える。
(筑摩書房 1500円+税)
▽くわばら・さいすけ 1940年、東京都生まれ。外食産業コンサルタント。株式会社クワケン(桑原経営研究所)代表取締役。早稲田大学文学部中退後、ホテル、レストランでの勤務を経て、商業施設の企画開発に携わる。外食産業のトレンド分析、業態開発の第一人者として、日経新聞を中心に経済誌・業界誌に寄稿してきた。著書に「高快度店を創る」「都市ごころを読め」などがある。