「カラス屋、カラスを食べる」松原始氏
カラスの生態や行動を追い続けること25年。眼光鋭く観察するせいか、職務質問されることもしばしば。カラスを約1年ストーキングしたり(行動調査だが)、時には対話し、説教も垂れる。
「先日も隅田川沿いで、ハシボソガラスにめっちゃ説教垂れてきました。人間に近づきすぎるカラスは通報されちゃいますから。説教中はちゃんと聞いてるし、聞き終わってから飛んでいくところがエライ。でも30分したらまた同じことを繰り返す。カラスへの説教は有効期限が30分です」
著者は、日本で5本の指に入る「カラス屋」、つまりカラス専門の研究者だ。本書はカラス屋として、また、動物行動学者としての幅広い活動をつづったエッセーである。
「カラス屋は日本で5人しかいないんです。僕がその5本の指に入るのは確かですがね。この本はカラス屋になる前の、学生の頃の話も書いています。冒険といっても、たいしたことはしていません。面白そうだから首突っ込んでみたとか、その程度。ワケがわからないまま引きずり込まれた調査アルバイトもありますし……」
大学の卒業研究のテーマに選んだのが「カラスは人間の性別や年齢を見抜き、接近距離を変えるかどうか」だった。以来、カラス研究に没頭してきた。本書のタイトル通り、カラスを食べたこともある。
「たまたま死にたてホヤホヤのカラスが手に入ったので研究室に持ち帰り、念入りに焼いて塩振って食べました。けれど、決してうまいもんじゃないです。レバーとハツとひねどりを混ぜたような、ヘルシーを通り越した味です。『対象動物を食ってこそ一人前の研究者』という噂があったのは確かですが、本当かどうかは知りません。研究室にいるとちょいちょい妙なモノを食えるんですよ」
他にもハクビシン、マンボウ、マムシ、アメフラシ、ヤギ、そして謎の肉……研究者魂炸裂の食肉エピソードは興味深い。
本書はカラスの話だけにあらず。ミズナギドリ20万羽が集う無人島で2泊3日の個体識別作業、チドリのフン拾いと行動観察で川辺に25時間滞在、山中でヤマビルに吸われながらもサルの群れを追跡……動物行動学者の、地味だが過酷な調査の実態を教えてくれる。
「動物行動学といっても、実験や理論などインドア派の研究もありますからね。僕はフィールド屋だから野外で過ごすのは当然だし、慣れてます。鳥類の研究で言えば、忍耐力は必要です。カラス研究者の中でも『森の中でカラスを探す、山の中でカラスの巣を見つける』ことに関しては誰にも負けません。技? そんなモノはないです。もっと泥くさい、要は時間と体を使うという話なんです」
現在は、博物館の研究部の仕事と並行し、カラス研究を続けている。カラスに偏見を持つ人の心を和らげる本も多数執筆。
「ゴミを荒らす害鳥と言われますが、人間の工夫次第で回避もできます。実際、新宿は回収方法や時間帯を変えてから、カラスが減りましたから。今、カラス的にホットスポットは渋谷のセンター街ですよ。ゴミ出しに一切気を配る様子がないですからね」
嫌われ者のカラスと身勝手な人間の共生。その課題をどう考えるか。
「1000年以上人間の横にくっついていた生き物で今後もたぶんずっとそばにいる。むしろ人間が滅びるのが先でしょう。カラスに親近感を持て、とまでは言いませんが『そこまで忌み嫌わなくてもよくない?』とは思っています。本を通じて、隠れカラスファンも結構多いとわかりましたし。僕もこのままカラス屋でいくんじゃないかなぁ」
(幻冬舎 820円+税)
▽まつばら・はじめ 1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。2007年から東京大学総合研究博物館特任准教授に。専門は動物行動学、研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。「カラスの教科書」「カラスの補習授業」「カラスのひみつ」など、カラスに関する著書多数。