「芙蓉の干城」松井今朝子著
主人公は、江戸歌舞伎の大作者、3代目桜木治助の孫であり、現在は大学講師を務める桜木治郎。狂言作者の父が総帥だった大劇場・木挽座が、幼い頃からの遊び場だったこともあり、役者や裏方たちからも慕われ信頼されていた。
あるとき、家で預かっている妻のいとこ・大室澪子にお見合い話が持ち上がり、勝手知ったる木挽座でお見合いの席を設けることになった。
ところが、お見合い相手の男性が見合い当日ロビーで挨拶していた男・小宮山正憲が、そのとき連れていた女と一緒に惨殺されるという事件が起こった。右翼結社の幹部だった小宮山の死を巡って警察は捜査を始めるが、今度は木挽座の大道具方だった男が何者かに刃物で刺されて死ぬという事件まで勃発。不穏な予感を覚えた治郎は、事件の真相究明に乗り出すのだが……。
1997年に「東洲しゃらくさし」で小説家デビューした後、「吉原手引草」で第137回直木賞を受賞するなど、実力を評価されている著者の最新作。昭和8年、日中戦争開戦前夜の政情不安な日本を舞台に起こった事件の裏にうごめく、人々の思想や欲望をこまやかに描いている。
(集英社 1650円+税)