「探偵小説の黄金時代」マーティン・エドワーズ著 森英俊、白須清美訳
ジュリアン・シモンズの「ブラッディ・マーダー」は、ミステリーという文芸ジャンルをE・A・ポー以前の推理小説から説き起こし、続く探偵小説から犯罪小説の流れとして捉え、それに関わる作家と作品を詳細に考察した、ミステリー史の教科書的存在。著者のシモンズは自らも探偵小説をものし、〈ディテクションクラブ〉の会長を務めていた。
〈ディテクションクラブ〉は、アントニー・バークリーを中心にイギリスの探偵小説作家の親睦団体として1930年に発足。初代会長は、〈ブラウン神父〉シリーズで有名なG・K・チェスタトン。本書はこのディテクションクラブの歴史をたどりながら、そこに集まった作家たちが抱えていた〈秘密〉を手がかりに、探偵小説の黄金期と呼ばれる20~40年代の多彩なエピソードをつづっている。
その主軸となるのがドロシー・L・セイヤーズ、アントニー・バークリー、アガサ・クリスティの3人。それぞれ、ウィムジイ卿、シェリンガム、ポアロという名探偵を生み出している。著者は、セイヤーズの謎の8週間の休暇、バークリーの狷介(けんかい)で複雑な性格と作品の中に私生活を忍び込ませる手口、そしてクリスティの有名な失踪事件の謎を手がかりに、彼らの私生活と作家活動の関連を探っていく。
クラブ発足から第2次世界大戦の終わりまでに選出された会員はわずか39人。秘密めいた入会儀式など多くの謎に包まれていたこのクラブ。著者は探偵小説作家にして同クラブの公文書保管役を務めているだけに、あまり知られていないスキャンダラスなエピソードを掘り起こしていく。その謎解きの手際は鮮やかで、本書そのものが長編ミステリーといった仕立てになっている。 <狸>
(国書刊行会 4600円+税)