「BAR(バール)追分」伊吹有喜著
かつて、最初に口にするウイスキーといえばサントリーのレッドという時代があった。レッドに始まりホワイト↓角↓オールド↓リザーブと、少しずつ格を上げていくのがその当時のウイスキーのスタンダードな飲み方だった。味など分かろうはずもなく、ちょっと格上の値段の高いものを飲んでいると偉そうな気がしていた。当たり前だが、酒の良し悪しは値段で決まるのではない。本書のバーテンダーが言うように、「酒の価値は値段ではなく、飲み手が決める」ものだ。
【あらすじ】東京・新宿3丁目の交差点付近の細い道を入った先にあるねこみち横丁という路地の奥にあるのが〈BAR追分〉。同じつづりながら夜は〈バー追分〉で、昼間はコーヒーや食事を出す〈バール追分〉の2つの顔を持つ。
文房具メーカーの経理を務める佐原は、18年前に妻を失い、以来男手ひとつで娘の真奈を育ててきた。倹約家でめったに外食をしない。佐原の唯一のぜいたくが月に1度BAR追分でウイスキーを飲み、娘の手土産にサンドイッチを持って帰ること。結婚式を間近に控えた真奈は父に連れられて初めてバーを訪れる。そこで父が飲んでるのが、CCことカナディアンクラブだと知り、思わず「父は……こちらでも、高くないお酒を飲んでいたんですね」と言う。それを聞いたバーテンダーの田辺が言ったのが先の言葉だ。そう言われれば、やさしくて控えめ、このお酒は父に似ている……。
この他、海外勤務を命じられて悩むサラリーマン、将来の当てなくアルバイトに明け暮れるアイドルオタク、愛する男に打ち明けられずにいるスタイル抜群のゲイなど、この路地奥のバーにはさまざまな人が集まり、それぞれ物語を紡いでいく。 <石>
(角川春樹事務所 520円+税)