「伝える人、永六輔『大往生』の日々」井上一夫著
今から25年前、永六輔が岩波新書から出した「大往生」が、驚異的なベストセラーになった。お堅い新書と売れっ子マルチタレントのミスマッチは、新書市場に新風を吹き込んだ。
その後、「二度目の大往生」「職人」「芸人」「商人」と続き、最後の「伝言」まで、シリーズは9冊を数える。
著者は、そのすべての誕生に関わった担当編集者。永六輔に寄り添い、しばしば翻弄され、呆然としながら、多くを学んだ。編集者というポジションから観測し続けた永六輔という人物を、多くのエピソードを交えて描いている。
永六輔との本づくりに、それまでの常識は通用しなかった。「閃きの人」である永六輔は、当初のコンセプトも、磨き上げてきた構成案も、あっという間に覆す。原稿は大きく変更され、校正刷りも赤字で真っ赤。諸般の事情など一顧だにせず、ベストを目指す。そのたびに、本の中身は必ず面白くなった。「ただならぬ人」であった。
大いに刺激を受けながら「六輔ワールド」の活字化に取り組んでいた著者は、シリーズ5冊目が刊行された後、営業部に異動になるのだが、営業を本務としながらこのシリーズだけは編集に携わってよしという異例の展開に。そこで、永六輔とともに全国行脚の書店サイン会を敢行する。「旅する人」であり、「街の本屋の応援団」を自称する永六輔は、各地で本領発揮。あふれんばかりのサービス精神と巧みなトークと笑いで街の人を引きつけ、書店を元気づける。ラジオパーソナリティーとして活躍していた永六輔は、電波の届く先まで、自分の足で出かけていった。スタジオに座ってものを考える人ではなかった。だからこそ、永六輔の周りには「血の通ったネットワーク」ができていた。そして、その人たちの言葉を魅力的に伝え、「生きる知恵」を授けてくれた。
永六輔の遺産をもう一度ひもといて、床屋談議のような語り口を味わいたくなる人も多いのではないだろうか。
(集英社 1600円+税)