「ちょっと一杯のはずだったのに」 志駕晃著
「チョイト一杯のつもりで飲んで……気がつきゃホームのベンチでゴロ寝」ではないが、酒好きであれば、一度はこうした失態をしでかした経験はあるだろう。とはいえ、気がついたときにもし人を殺していたとなると「失態」では済まされない。そんな恐ろしいイフをテーマにしたミステリーである。
【あらすじ】矢嶋直弥は秋葉原FMのディレクター。ちょっと一杯のつもりで神楽坂のいつもの店に寄ったのだが、後半以降の記憶がない。確か1本目の焼酎が空いた頃に、恋人であり担当番組のパーソナリティー、人気漫画家でもある西園寺沙也加から、話があるから部屋に来るようにとのLINEが入った。そして、「そんなに酔っ払っていたら、今日は、ちょっと真面目な話は無理ね」という沙也加の言葉がよみがえってきた。
だが、思い出せるのはそこまで。不安になったものの生放送のためにラジオ局へ出かけるが、時間になっても沙也加が現れない。心配になって部屋に行くと、そこには沙也加の遺体が。首には、誕生日プレゼントに沙也加からもらった黄色いネクタイが巻かれていた。しかもその前に沙也加に結婚を申し込んで断られたという動機まであり、矢嶋は有力な容疑者となる。
もうひとつ、沙也加の部屋は完全な密室で、合鍵を持たない矢嶋に犯行が可能かも重要なポイントだ。いくら調べても密室殺人の手がかりを得られない警察は、酔って記憶のない矢嶋に「おまえが謎を解け」とむちゃぶりをする。さらには、よく知っていたはずの沙也加に意想外の秘密が隠されていたことが発覚する……。
【読みどころ】ラジオディレクターの経験もあり、小説家、漫画家とマルチに活躍する作者ならではの痛快ミステリー。
<石>
(宝島社 630円+税)