「牛肉と馬鈴薯・酒中日記」国木田独歩著
「百薬の長」という言葉があるように、酒にはさまざまな効用がある(無論、度を過ぎなければの話だが)。そのひとつにストレスの緩和がある。アルコールが入ると緊張がほぐれる。まあ、多分に酒飲みの自己弁護的な理屈ではあるが、独歩の本書所収の「酒中日記」の主人公は、酒が飲めなかったばかりにプレッシャーに押し潰され、「嗚呼! 何故あのとき自分は酒を呑まなかったろう」と深く後悔するのである。
【あらすじ】大河今蔵は32歳。瀬戸内海に浮かぶ人口123人の馬島で私塾の講師をしている。島の人々に慕われ、お露という恋人もでき、毎日酒を飲んでのんきに暮らしていた。とはいえ、今蔵が昔から気楽な性格であったかというとそうではなく、5年前までは、酒は飲めても飲まぬようにし、謹厳実直、四角張った男だった。東京の公立小学校の校長を務め、妻子は病身だったがまずまず平穏な暮らしだった。
ところが、母と妹が自分たち夫婦との同居を嫌い、赤坂で下宿屋を始めた。折しも日清戦争の最中で下宿人は軍人が多くなり、母娘は兵隊を相手に自堕落な生活を送るようになる。母は金に困ると借金しにやってきて、気のいい今蔵はなんとかやりくりして母に与えていた。
しかし今蔵たち自身の生活も苦しくなり貸し渋ると、母は学校の改築用に預かっていた寄付金100円を持ち出してしまった。いくら問い詰めても母は知らぬ存ぜぬだ。困り果てていた今蔵の前に……。
【読みどころ】我が身の不運を日記という形で表白する今蔵だが、あまりにつらい出来事を書くのに酒の力を借りないではいられない。そして思うのだ。もし、あのとき酒を飲めていたらこんなことにはならなかったのに、と。 <石>
(新潮社550円+税)