「ヒトラーの正体」舛添要一著/小学館新書/840円+税
ヒトラーといえば、誰もが知っている人物なのだが、多くの人が彼について語る場合は「史上最悪の独裁者」「演説が上手」「ユダヤ人を迫害した」「親衛隊」「ゲッベルスという部下がいた」「愛人と一緒に自殺」「ハイル・ヒトラー」といったところで、それ以上の知識はないのでは。
恥ずかしながら私はこれにあと10個加えるぐらいしか知識がなかった。だが、本書を読むと「実はもともとドイツ人ではなかった」といった基礎の基礎が出てくる。本書は著者の研究に加え、さまざまな文献をもとにしたヒトラーの実像を明かす。ユダヤ人迫害の根本についてはこう描かれる。
〈世界大恐慌は資本主義の失敗ですので、資本主義を攻撃する共産党が国民の支持を拡大するのは当然です。ヒトラーはその共産党を不倶戴天の敵とみなしています。同じ立場はとれません。そこで、大恐慌をユダヤ人やヴェルサイユ条約のせいにするのです〉
本書を読み進めるにつれ、第1次世界大戦から第2次世界大戦の世界の状況や、今や世界の優秀国とみられているドイツの民衆にもバカが多かったことなどが分かるとともに著者の博識に舌を巻く。だが、問題は何分かに1回か著者の顔が浮かんでしまうことである。
都知事時代、ホテル三日月の家族旅行の際に“会議”をしたことにしたり、公用車を使って別荘通いを続けたことなどもあり都知事を辞任した時の、釈明するセコい姿が浮かんでしまうのである。あるいは、テレビ番組で田嶋陽子氏とケンカをしている姿や元妻・片山さつき氏の顔が常にチラついてしまい、本に集中できない。
実にさまざまな知識が得られる本であるにもかかわらず、その内容よりも著者の個性的すぎるキャラクターが浮かび、ヒトラーよりも舛添要一が気になって仕方がないのである。しかし、ハタと振り返ると同氏は国際政治学者としての実績もあるし、彼の高校時代の教師である私の祖父による「舛添君は優秀だったね」という言葉が戻り「ちゃんと本に集中しよう」となることの繰り返しだった。
途中「詳細は拙著『90年代の世界力学地図』(PHP研究所、1988年)を参照してほしいですが」なんて一言も出てくるが「31年前の本紹介するかよ!」とツッコミを入れたくなった。くれぐれも述べるが、知識が得られる良書だ。だからこそ「榊原賢明」など、聞いたことのないペンネームで書いてくれたらより没頭できたのに、とも思う。 ★★半(選者・中川淳一郎)