「店長がバカすぎて」早見和真氏
「実はずっと書店員が苦手だったんですよ。本屋大賞のせいです。デビュー当時は本屋大賞がちょうど盛り上がってきた頃で、某大御所作家が賞をもらうために書店員を食事接待漬けにしている、なんて噂も広まっていました。当時僕は東京に住んでいたので書店を訪問する機会はたくさんあったんですが、賞が欲しくて書店員に迎合しているように見えるのが嫌で、親しく話したりするのは避けていたんです。でも、6年間の伊豆暮らしを経て3年前に愛媛の松山に移住して、そこで本当に心ある書店員に出会ったことで、考えを改めました」
デビュー作「ひゃくはち」を筆頭に「イノセント・デイズ」「小説王」など著作が次々と映像化され、まさに上り調子の小説家が書店を舞台に描く、コメディータッチのお仕事小説だ。
吉祥寺の中規模書店に勤める28歳女性契約社員の主人公は、カリスマ書店員の先輩に憧れて業界に入ったものの、給料は安い上に店長が耐え難いほどの無能。さらに版元の営業、客、小説家などやっかいな人々に日々翻弄され、ついに「辞めてやる!」と決意する。
「親しくなった地元・松山の明屋書店のTさんや、他の書店員たちから聞く職場の苦労や愚痴、やりがいなどの話がすごく面白くて。版元からの報奨金のために某雑誌を自腹で大量に買わされるとか、バイトがすぐ逃げるとか、本部や上司の指示がバカすぎるとか、どれも実際に聞いた話です。ヤバい客たちの逸話なんて、現実に自分が対応すると考えたら相当キツい。笑えません。でも僕は『本当の悲劇こそ喜劇になる』と考えているので、あえて実際に聞いた中でも一番笑えないものを選んで書きました」
シビアな内実をも暴露する本書には、現場の書店員からの共感や応援の声が多く寄せられているが、中には「バカすぎて」と揶揄されている側の店長や上司からのものもあったそうだ。
「『でも、店長だってツラいんです』なんて感想があって、すごくいいなと思いました。きっとその店の雰囲気はすごくいいはずです。だって、バリバリできる店長が上にいたら現場はやりづらいという面もあるでしょ。『このクソ店長!』と思っていたほうが、結果的にチームが結束したり、実力を発揮したりすることって多々あると思うんです。僕は甲子園を目指すような強豪校の野球部員だったんですが、監督のことが大嫌いだったからチームがまとまった、という面もあった気がします」
店長を中心に次々に起こる問題への対応で、主人公はなかなか退職を切り出せない。一方で、それらをきっかけに、同僚や営業などとの関係にはいい変化も生まれる。「書店」を職場に、「店長」を上司に置き換えれば、さまざまな職種、業界にも当てはまるような逸話が満載だ。
「業界内幕ものというより、仕事小説として読んでもらえたら本望です。キラキラしすぎて現場が『こんな甘くないよ』と興ざめしないような、リアルな仕事小説を書きたい、というのがまずあります。大変だけど、それでもなぜ働くのか? というテーマを、あくまで楽しく読めるエンタメとして、今後シリーズで書けたらいいですね。コンビニとか、学校とか、病院とか、いろんな職場でできると思うんです」
本書後半には、大きな驚きも仕掛けられている。「バカすぎる」店長はいったい何を考えているのか――。
真相は、読んでからのお楽しみに。
(角川春樹事務所 1500円)
▽はやみ・かずまさ 1977年神奈川県生まれ。08年「ひゃくはち」でデビュー。同作は映画化、漫画化されベストセラーに。15年「イノセント・デイズ」で推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞。ほか「ぼくたちの家族」「小説王」など。