「TRANSIT THE PORTRAITS」euphoriafactory著
世界各地を旅して、その土地の魅力と人々の暮らしを美しい写真とともに伝えてきたトラベルカルチャー雑誌「TRANSIT」。これまでに100カ国以上を紹介してきた同誌で発表された各国で出会った人々のポートレートを集めた写真集で、風景編「THE LANDSCAPES」も同時発売されている。
小さな端末を通じて世界中の情報に手軽にアクセスできる時代。世界はますます均一化しているなどと勘違いしていたことがページを開けばすぐに気がつく。
青と白の民族衣装を身につけ大きなナタをぶら下げた表紙の少年は、ミャンマー東北部の山上の集落に暮らすラフ・シ族の2人。集落を目指して歩いていると、茂みの中から2人が突然現れたという。自分の年齢も知らぬ少年たちが暮らす集落には、電気も水道もなく、村人たちは全員、民族衣装を着て、西暦にとらわれない原始的な生活を営んでいる。
彼らだけではない。アフガニスタンで出会ったトルクメン族の青年、ルーマニアのハンガリー人が住む小さな村の日曜礼拝に集まった人々、エクアドルの17歳の青年など。祭りや特別な儀式に限らず日常的に伝統衣装を身につけて暮らす人は多い。
バヌアツのヤケル村のローカルガイドは、自らも局部を隠しただけのほとんど全裸の格好だが、流暢な英語とフランス語を操り、観光客を案内するという。その意外性こそが現代か。
またトルコ・イスタンブールの中心地で社会主義を主張するデモに参加していた女子大生の隣のページには、同じくトルコのカッパドキア近郊の村で44年の結婚生活でたった1度だけ夫から言われた「愛している」という言葉が大切な思い出だと笑顔を向ける妻とその夫の写真が並ぶ。
ナミビアの見渡す限りの大平原をどこからきてどこに行くのかも分からない褐色の肌のヒンバ族の女性2人連れと、ナイトライフを楽しむために地中海に浮かぶスペインのイビサ島に通うロンドン在住の女子大生の2人組など、同じ年頃ながら、全く異なる人生の時間がそこには流れている。
同じように囲碁が大好きだというウクライナのあどけない顔の少年とオーストリア・ウィーンの老舗カフェで25年間働く女性や、ベトナム・ホイアンの旧市街で妻と娘と暮らす72歳の男性とイギリス・ロンドンの街中で中指を立てて挑発するかのようにカメラを見据える芸術家の女性など。
お互いは何も知らないだろうが、限りない未来が開けた人々と気の遠くなるような時間を積み重ねてここにたどり着いた者たちの今と過去が一冊の写真集の中で交錯する。
わずかな有名人をのぞき、被写体となったほとんどの人は見知らぬ、そしてこれからも出会うことはない人々だが、同じ空の下で同時代を生きているはずの彼ら彼女たちの人生に思いを巡らし静かにページをめくるのは、何とも心地よい時間だ。
(euphoria factory 3800円+税)