「奇妙な瓦版の世界」森田健司著
スマホを通じて、世界中の出来事をリアルタイムに知ることができる現代。時事から、スキャンダル、そして芸能ニュースまで、人間とは何とも知りたがり屋な生き物である。それは江戸時代の人々も同じだったようだ。
ネットもテレビもない時代のご先祖さまたちが頼りにした情報源が「瓦版」だ。瓦版とは和紙に記事や絵がすられた木版画で、簡易な新聞のようなもの。本書は、当時は最速のメディアだったその瓦版の数々を紹介、解説してくれるビジュアル本である。
「簡易な新聞」と言っても、そこには現代のようなジャーナリズム精神はなく、ネタに選ばれるのは基本的に「売れそうなもの」。
そのひとつが、怪異(怪物・妖怪・化け物の類い)や外来の珍獣などだった。文化2(1805)年の瓦版では、越中国(富山県)で全長10メートルもの人魚が討ち取られたことを、絵入りで伝える。しかし、珍獣を含め、これらの多くは実は見せ物興行のための宣伝として流布されたものらしい。
一方で、大火や地震などの災害から、古くは「大坂夏の陣」をはじめとする戦争、そして黒船来航などの大事件を伝えるものも、もちろんある。
黒船来航の瓦版では、戦艦名や乗組員の名前、幕府による供応の様子まで驚くほど正確で、独自の情報収集のネットワークがあったようだ。
こうした瓦版の存在に幕府は危機感を抱き、何度も禁令が出された。瓦版も、権力を批判する際には、藩主の頭部を家紋にして描いた「判じ絵」など工夫を凝らし、対抗した。そんな瓦版と幕府の丁々発止もうかがえる。
他にも、歌舞伎役者が上演中に客に刺されたなどの芸能モノからアダ討ち、そして美談・奇談まで。バラエティー豊かなその内容から、当時の庶民たちの日常が垣間見える。
(青幻舎 2500円+税)