「土と緑と人間と」日浦嘉孝著
徳島・西阿波地域に連なる山々の急傾斜地に暮らす人々の日常を記録した写真集。
家族を都会に残して故郷の三好市祖谷にUターン。自らも鶏やヤギを育て、野菜やキノコを栽培するなど、なかば自給自足の生活をしながら15年にわたって撮影してきた著者の力作だ。
ページを開くと見渡す限りの斜面に、ミツマタの花が咲き誇る。かなたの山稜と谷にかかる雲海の様子から、この場所がどれほどの標高か体感できる(写真①)。
次のページには、やはり急斜面にへばりつくようにして山菜のゼンマイを収穫する人々や、自宅の土間か作業部屋だろうか、収穫したゼンマイに丁寧な下処理を施し、薪をくべた大釜で茹でる様子が写されている。斜面の角度からも山の暮らしの厳しさは容易に想像できるが、そこは人々にさまざまな自然の恵みをもたらしてくれる土地でもある。
そんな天空の暮らしにも、街のそれと同じように人生の節目はおとずれる。
結婚式を終えたばかりなのだろうか、白無垢の花嫁と紋付きはかまの新郎のお披露目を祝福する人々や、小学校に入学した7人の新入生たちの門出の日などもカメラは追う。
季節が進み、山の緑が深さを増していくと、西祖谷山村のやはり急斜面に作られた茶畑で茶摘みが始まり、山城町では小さな棚田が一つ一つ丁寧に田起こしされていく。
こうした農作業の合間には、集落を回る移動販売車での買い物風景や、孫だろうか、幼子を牛に乗せて遊ばせる老夫婦(写真②)など、山の暮らしの点景を切り取る。
それにしても山菜や茶葉、稲作の他にもコンニャクの植え付け(5月)、玉ネギの収穫と乾燥準備作業(6月)、麦刈り(同)、そして収穫した葉タバコを一枚一枚荒縄に編みつけての天日干し(8月)など、撮影ポイントは地域の2市2町と広範囲に及ぶとはいえ、農作業はこの時期、間断なく続く。
天日干しのために、家の前のわずかな平たんなスペースにびっしりとつり下げられた葉タバコがつくり出す景観や、収穫前のソバの畑(10月=写真③)などは、一幅の絵画のような美しさだ。
こうした農作物のほとんどは、段々畑ではなく急斜面そのままの畑で作られる。これは斜面にカヤをすきこんで土壌の流出を防ぐこの地方独特の農法だそうだ。
他にも、春・夏・秋に行われる祭りの様子や、いまや観光名所にもなっているかずら橋の架け替え作業、村人総出で行われる住居の棟上げ式、野鍛冶(表紙)、炭焼き、冬のコンニャク作りやムシロ機織り、そして和紙の原料となるミツマタを蒸したり川でさらしたりする作業など、西阿波地域の四季を丹念に記録していく。
「桃源郷」や「日本のチベット」「秘境」などと呼ばれてきた当地も急激な変化の波にのまれ、その姿を変えつつあるという。失われゆく山村の暮らしを後世に伝える貴重な写真集だ。
(日本写真企画 2500円+税)