「ちあきなおみ 沈黙の理由」古賀慎一郎著
平成4年9月11日の深夜。自宅の電話が鳴った。予感を抱きつつ、受話器を取る。
「郷さん……死んじゃった」
声の主は歌手・ちあきなおみ。夫であり個人事務所の社長でもあった郷鍈治が、この日、国立がんセンターで息を引き取った。以後、ちあきなおみは芸能活動を停止。復帰を願うあまたの声に応えることなく「伝説の歌姫」であり続けている。
昭和47年、ちあきなおみが「喝采」でレコード大賞を受賞したとき、著者は5歳。テレビで見たかすかな記憶があるだけだったが、24歳のとき、縁あってちあきなおみの付き人兼マネジャーになった。わずか1年後に郷が亡くなり、その後も7年間、家族のようにちあきに寄り添った著者が、20年の沈黙を破り、胸にしまっていた夫婦の物語と歌姫の沈黙の理由を手記につづった。
郷鍈治は俳優・宍戸錠の実弟で、日活アクション映画の悪役スターとして活躍したが、ちあきなおみと結婚後は表舞台を退き、公私共にちあきを守り、支える人生を選んだ。とにかくかっこよく、優しく、厳しく、著者にとって人生の師となった。ちあきなおみは、歌っているときは大人の女そのものだが、素顔は気さくで可愛らしい。つつましいのに華がある。2人は夫婦なのに生活感がなく、ティーンエージャーのように純なカップルに見えた。
ちあきなおみの最高の理解者であった郷は、身を挺して業界と渡り合った。2人は夫婦であり、戦友だった。お互いにとって、お互いがすべて。そんな2人の関係を不安視する関係者もいたほどだ。
郷の体調が悪化して入院すると、ちあきは病院に寝泊まりしながら仕事に通った。病院の屋上で発声練習し、郷がプロデュースしたステージで、全身全霊で歌った。
郷が亡くなった後、「ちあきなおみはもういないのよ」と時折、口にした。そして本当にいなくなってしまった。
読みながら、ちあきなおみの歌が無性に聴きたくなってくる。
(新潮社 1350円+税)