「旅ごころはリュートに乗って」星野博美著
リュートは洋梨を縦に割ったような、丸っこい形をした複弦の撥弦楽器。ルネサンス期には「楽器の女王」と呼ばれ、ヨーロッパ各地で愛好された。天正遣欧使節について調べているうちに、日本に戻った同使節が豊臣秀吉の前でリュートの演奏を披露したという記述に触れた著者は、リュートという楽器に魅せられ自ら習い始める。そこから生まれたのが日本のキリシタン史をたどった「みんな彗星を見ていた」で、本書はその続編に当たる。
フェルメールをはじめとする西洋絵画に描かれるリュートの話を導入として、実際の演奏の話へ移り、調弦の難しさ、タブラチュアという奏譜の読み方などが紹介される。レッスンの当初は、17世紀のイタリアやイングランドの楽曲を演奏することが多かったのだが、次第にスペインに対する興味が高じ、演奏したい曲も中世へ移行する。
そこで出合ったのが中世スペインで巡礼者たちが歌った曲が収録されている「モンセラートの朱い本」と聖母マリアを賛美する「聖母マリアのカンティガ」という歌集。その時代の曲となるとリュート講師の手には負えず、結局演奏技術の上達は諦め、独学で好きな曲を弾くという方向へ転換していくことになる。
「カンティガ」を編纂(へんさん)させたのはカスティーリャの「賢王」アルフォンソ10世で、その時代のイベリア半島ではキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒の3教徒が共生していたとされている。折しも、ISなどのイスラム教徒によるテロが頻発していたときにこれを知った著者は、「カンティガ」の世界へ深く入り込んでいく。しかし、そこに歌われている歌詞の内容を見ていくと、理想的な共生の世界というイメージは崩れ、苛烈なユダヤ人差別が歌い込まれていることを知る……。
当初のリュートを弾くという目的から徐々に離れ、最後日本のキリシタンの殉教伝に行き着くまでと次々と新たな問題を見いだしていく。この著者の旺盛な好奇心に引っ張られながら、読む者は不可思議なタイムトラベルへといざなわれていく。 <狸>
(平凡社 1900円+税)