「やがて鐘は鳴る」フジコ・ヘミング著
フジコ・ヘミングは60歳を過ぎて世に出た。NHKのドキュメンタリー番組「フジコ~あるピアニストの軌跡~」でその名を知った人も多いだろう。
本名ゲオルギー・ヘミング・イングリット・フジコ。母は日本人ピアニストで父はロシア系スウェーデン人の美術デザイナー。母の留学先のベルリンで出会って結婚し、フジコと弟が生まれるが、一家はナチスによる排外的な空気から逃れるように日本に移り住む。
物心つく前から、いつもピアノがそばにあった。幼いフジコにとって、母のレッスンは過酷だった。うまくできないと、気性の激しい母から怒声が飛んだ。フジコは運命であるかのようにピアニストを目指すことになる。
しかし、行く手は多難だった。父は半ば強制送還のように帰国し、その後両親は離婚。母はピアノ教師をして子供を育てた。貧しさの中で東京芸術大学に進学、レストランでピアノ演奏のアルバイトをしながら、夢だったベルリン留学のチャンスを掴み取る。帰国後の手続きミスが原因で国籍を抹消されていたフジコは、赤十字難民としてなんとか渡航を許された。
夢とは大違いの貧窮生活、東洋人に対する差別にもめげず、「努力していれば、必ずチャンスは巡ってくる」と信じていた。カラヤン、バーンスタインといった大物に「私のピアノを聴いてください」と直訴。演奏家への扉が開こうとする直前、暖房のない凍えるような生活がたたったのか、耳が聞こえなくなってしまう。バーンスタインがお膳立てしてくれた初めてのコンサートは大失敗。ピアニストへの道は閉ざされてしまった……。
フジコが語る半生は苦難に満ちているが、喜びもときめきも人一倍。内からあふれ出る音楽、よき師、よき友、猫たちとの暮らし。最近は年下の恋人がいるという。遅咲きのピアニストは、まだまだ咲き続けることだろう。
(双葉社 1800円+税)