本城雅人(作家)
2月×日 奥田英朗さんの「コロナと潜水服」(光文社 1500円+税)を読む。もうコロナが小説に反映されているのかと感心しながら、ウイットとユーモア溢れる内容に自粛中の鬱屈さも晴れた。5話からなるあるテーマを基にした短編集で、最初の3話は去年の緊急事態宣言前に書かれたもの。だが表題作となった4話目の見事なタイトルで、浮気した妻から逃げる小説家の1話目からして、私の脳内で、登場人物はみんなマスクをし、ソーシャルディスタンスを保っているように映った。
私は「純平、考え直せ」「向田理髪店」とこの版元の奥田作品が大好きで、毎回腹をよじる。私の場合、最初の読者は担当編集者と思い、編集者の楽しむ顔を励みに書くのだが、その理屈なら担当編集者も相当愉快な人なのか…。5話どれも秀逸だが、イチ押しは「パンダに乗って」。20代でクラシックミニを乗っていた私は、コロナが収まったら旧車を買いたくなった。
2月×日 前にソ連崩壊をテーマにした「崩壊の森」を書いたとき、元ソ連大使館書記官の佐藤優さんの著書を徹底的に読んだ。読めばこの人がなぜ強面なソ連人から情報を入手できたのかわかる。発想の源が宗教や人間の持つ欲望を基にしていて、それでいて芸術や食などの話題も豊富。難しいテーマにもいつしか引き込まれていく。その佐藤さんの新著が「新世紀『コロナ後』を生き抜く」(新潮社 1500円+税)。本著で佐藤さんは2020年までは20世紀後の凪の時代で、コロナ後に海図なき新時代が始まると言っている。その時代は一種のファシズムかもしれないし、ソ連型社会主義かもしれないとも。ワクチン争奪戦などナショナリズム的思考はすでに勃発。一方で国民一律10万円の「分配」や一部店舗のみへの給付金という「不平等」、さらにウイルス蔓延の原因を「若者」と「飲食店」に決めつけるなど、この間の事柄は歴史の教科書のどこかで読んだ気がしてならない。ワクチンが行き渡れば元の社会に戻れると思うことじたいが恥ずかしくなる。