「美しい苔の庭」烏賀陽百合著
日本人にとって「苔」は特別な存在である。国歌にも詠われるように、石に苔むす風景は日本人に長い時の経過を感じさせる。ゆえに苔は、古くから日本庭園で用いられ、大海や島、陸地などの自然の風景を表現してきた。さらに苔の緑は、石や白砂の庭に彩りを作り出し、硬い材質のものを柔らかく見せる効果もある。そんな苔の魅力に満ちた全国の日本庭園をめぐるビジュアルガイド。
日本で最も有名な苔の庭は、京都の西芳寺。約1300年前の創建だが、現在の庭は、約600年前の南北朝時代に中興の祖、夢窓国師によって作庭された。庭は、山の上の枯山水庭園と下の池泉回遊式庭園に分けられ、もともとは白砂の庭だった。しかし、応仁の乱で建物が焼失。その後、再建と荒廃を繰り返し、江戸末期から自然と苔に覆われ、今の姿になったという。
苔むしたことで、夢想国師が目指した極楽浄土の美しい景色により近づいたといわれている。
京都五山のひとつ、東福寺の本坊には、方丈建築を取り囲む4つの庭がある。1939年にそのすべてを任されたのが、昭和の名作庭家・重森三玲だ。
「一切の無駄をしてはならない」という禅の教えから、本坊内にある材料の再利用を求められた重森は、北の「小市松模様の庭」では勅使門の下に使われていた正方形の敷石と苔でモダンなデザインを、東の「北斗七星の庭」では、東司(お手洗い)で使われていた石の円柱を用いて庭に星空を再現するなど、4つの庭で8つの意匠を表現する。
他にも京都を中心に宮城県の「円通院」や、新潟県の「貞観園」など20余庭を庭園デザイナーである著者の案内でめぐり、その見どころを解説。
清涼な空気と気の流れを感じる庭に、読後は心が洗われた気持ちになる。
(エクスナレッジ 1760円)