越谷オサム(作家)
7月×日 あまりの暑さにどうかしていたのだろう、そろそろ昼をという時間になって突如風呂場のタイル磨きを始める。狭くて風通しの悪い真夏の浴室の中、大汗をかきながらスポンジで床の黒ずみを一心不乱に擦り、一面に浮いたなにやらばっちい茶褐色の泡をすすぎ、しかるのちに脳天から浴びるシャワーの爽快さよ。
チルドの冷やし中華を啜ってアイスコーヒーを飲んでさあ原稿、というところで虚脱感に襲われる。タイル磨きを頑張りすぎた反動か。エアコンの効いた部屋で寝転がって体調の回復を待ちつつ、kindleを開く。
こういう弱ったときの心のスタミナ食にうってつけの漫画がある。重野なおき作「信長の忍び」(白泉社 660円)だ。タイトルからわかるように歴史漫画ではあるのだが、石ノ森章太郎や横山光輝のそれとはだいぶ趣が異なる。いってみれば「血まみれ大河4コマギャグ漫画」だ。
おもな登場人物は織田信長はじめ豊臣秀吉や明智光秀ら実在した英雄たちだが、主人公は架空の女忍び・千鳥。およそ4頭身にデフォルメされたかわいらしい少女だ。
と書くと日常系ほのぼのまったり萌え漫画のようだが、本作はそんなマイルドなものではない。
千鳥はときに迷いを吐露しつつも、「乱世を終わらせる」という信長の野望を実現させるため次から次へと敵を斬る。血しぶきがほとばしる。人が死ぬ。千鳥自身も無数の傷を負う。そして、笑える。
そう、笑えるのだ。千鳥も容赦がないが、この漫画の作者もまた容赦がない。どれほど重い展開でも、凄惨な場面でも、必ずオチをつけて笑わせにくる。笑えるから物語が過剰に深刻にならず、読者はページから顔を上げることも忘れて続きを読まされてしまう。
ゆえに虚脱感が抜けてからもページから顔を上げることなく読み続け、気づけば夕食どきになっていた。半調理品の鶏の塩だれ炒めを作り、ビールを飲んでこの日は終了。原稿は一文字も進まなかったが体調は回復した。こんな日もある。