「薬草ハンター、世界をゆく」カサンドラ・リア・クウェイヴ著 駒木令訳
本書の副題は「義足の女性民族植物学者、新たな薬を求めて」。ベトナム戦争に従軍した著者の父は、米軍が散布した枯れ葉剤を浴び、第1子の著者は先天性の骨格異常をもって生まれ、3歳で右下腿を切断、以降義足を着けての生活となる。本書はそうした著者が、民族植物学者として、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などの抗生物質耐性菌の治療に役立つ薬草由来の新しい薬を開発するに至る半生をつづったもの。
度重なる切断肢の治療にさいなまれる幼い著者を魅了したのは科学の世界。顕微鏡でのぞく生命体の不思議に始まり、やがて関心は自らが体験して、その奥深い世界を垣間見た医学の世界に向かう。しかし学生時代にペルー・アマゾンを訪れ、ドン・アントニオという伝統療法士と出会ったことが彼女の進路を大きく変えていく。
西洋医学とは流れを異にする薬草由来の伝統的な自然療法に、薬理学や外科学以外の可能性を見いだした著者は、自らの進むべき道を医学から民族植物学へ転じる。民族植物学とは世界各地域の人々と自然界の植物との関わりを多角的に研究する新しい学問だ。この学問をベースとして、伝統療法士が使う薬草の効能を科学的に解明し、これまで困難とされていたMRSAなどの治療に役立つ薬草由来の新薬の開発に携わっていく。
しかし成功に至る道は決して平坦ではない。著者の前に大きく立ちはだかるのが「女性」だ。学会の男性中心主義をはじめ、出産、子育てと研究の両立といった、男性であれば背負わなくてもいいことを背負わなくてはいけない。それでも著者は幼子を背負いながら山中深く植物採集に出かけて研究を継続する。その他、助成金獲得の熾烈(しれつ)な競争、安定した研究ポストを得るための懸命な努力など研究者の裏側も詳細に描かれている。
幾多の壁を乗り越え、不治の病に立ち向かっていく著者の姿には頭が下がる。 <狸>
(原書房 2530円)