「ぼくらに嘘がひとつだけ」綾崎隼著
将棋小説である。いろいろと読みどころの多い小説だが、ここでは長瀬厚仁の若き日を描くパートを取り上げておきたい。
厚仁が史上最年少の高校1年生として三段リーグに挑戦したとき、年上の親友である国仲遼平も三段リーグで最後のチャンスを迎えていた。奨励会には「満26歳の誕生日を含むリーグ戦終了までに四段になれなかった場合は退会となる」というルールがある。最終日の18局目に、厚仁と国仲遼平の対局が予定されていた。
そしてその最終日、「絶対に手加減しないでくれ。もしも最後になるのなら、その相手は友達がいいんだ」と遼平は言う。で、遼平は奨励会から去っていくことになるのだが、このあとの展開がいい。
奨励会退会から8年後、アマチュア将棋界の星となった国仲遼平に、プロ編入試験の道が開かれるのである。条件はいくつかあるのだが、その最後の対局で国仲遼平を破るのは、厚仁の父である長瀬泰典六段だ。国仲遼平の夢を、結果として2代にわたる長瀬家がつぶすことになる。その直後、国仲遼平から呼び出された厚仁が会いに行くと──-という展開になるが、このあとは書かないでおく。
実はこの小説、主人公は厚仁の息子である長瀬京介である。その父親厚仁や、年上の親友・国仲遼平は、京介のドラマの背景に登場する人物にすぎない。つまり膨大な数の人物が登場する小説なのだ。しかし個人的には、厚仁のドラマがいちばん好き。
(文藝春秋 1760円)