「ただいま、お酒は出せません!」長月天音著
新宿の駅ビルに入っているイタリアンレストランで働く鈴木六花が、「明日から店は休業です」と通達されるところから始まる物語。新型コロナ感染症は3年目に入っても依然収束の気配を見せないが、その間いかに大変な日々を送っているかを、レストランで働くヒロインの側から描いていく長編で、読み始めるとやめられなくなる。
たとえば、「今日、東京の感染者が4000人を超えましたって、どうなっちゃうんでしょう」という会話が出てくるが、第7波では4万人になっていることを思えば、隔世の感がある。どんどん変化していく状況に慣れてしまっているので、少し前のことを知ると愕然とするのである。
もうひとつは、外で食事するということがどういうことであるのか、その食の本質をめぐる議論が具体的で克明で、とても興味深いこと。クレーマーもいれば感謝する人もいて、さまざまな客の生態はさらに興味深く、そういう食の風景も鮮やかに描かれている。
最後は、主人公の鈴木六花だ。結婚して一度は退社したものの、離婚して同じ職場に戻ったときに今度はパートで再就職。つまり30代でシングルでパートなのだ。これは、そういう女性の奮闘の日々を描くお仕事小説でもある。物語の後半、店を襲う危機を、六花と仲間たちがいかに克服するか、固唾をのんで見守るのである。
(集英社 693円)