志川節子(作家)
10月×日 猛暑も落ち着いてしばらく経ち、気持ちのよい季節が到来した。が、どうもいま一つ調子が出ない。机に向かっても集中力が続かず、知らぬうちに溜息をついている。
パソコン画面に、秋バテなる言葉があるのを見つけた。「こんな症状が出たら秋バテかも?」を思わずチェックする。体がだるい、食欲がない、やる気が起こらない等々。食欲だけは夏から引き続き旺盛だが、その他は幾つか当てはまる。ふむ、夏バテならぬ秋バテか。ならば、元気がもらえそうな本を読もう。
夏井いつき著「瓢箪から人生」(小学館 1485円)は、某テレビ番組で出演者らが詠んだ俳句を、赤ペン片手にばっさばっさと添削するさまが痛快な著者のエッセー集。
俳句の種蒔き運動で全国を行脚されているとは、遅まきながら初めて知った。活動を始めたきっかけは、1990年頃、俳句の都と呼ばれる四国松山で句会に出たものの、若い世代の仲間が少ないと衝撃を受け、俳句の将来に強い危機感を覚えたことにある。番組での批評が辛口でも深い愛情に溢れているのは、十七音のことのはに宿る力を、著者が心から信じている証しなのだろう。凛乎たる佇まいの根っこにある信念を、垣間見た気がした。
10月×日 次に書く小説の舞台をどこにしようかと考えるとき、しぜんに手が伸びるのが、杉浦日向子著「江戸アルキ帖」(新潮社 1100円)。江戸を愛した著者による、花のお江戸観光ガイドだ。日本橋、神田、深川等、解説と詩情に満ちたカラーイラストのコラボが、たまらなくいい。向島や根岸といった、当時は郊外であった土地の風景には、日に干された土や、瓦を焼く煙の匂いが漂うようだ。携帯電話も自動車もない時代、己の頭脳と体力を総動員して生きていた人たちの姿が、むくりと立ち上がってくる。
ふっと、江戸湾からの潮の香が鼻先をかすめたように錯覚し、胸いっぱいに息を吸い込んだ。溜息なんかついてる場合じゃないや。