「ワクチンの境界 権力と倫理の力学」國部克彦著/アメージング出版
「ワクチンの境界 権力と倫理の力学」國部克彦著
本書はワクチン接種の是非を主題としているわけではない。あくまでも倫理学・哲学的思考から新型コロナウイルスをめぐる人々の行動に関連し、「権力」と「倫理」について考察するものである。ミシェル・フーコーを含めた過去の哲学者の提唱した論を紹介するとともにそれらを現代の状況に当てはめる試みをする。
それがもっとも明確に表れたのがワクチンだ。推進派と慎重派の間でぶつかり合いはあったものの、常に推進派が述べることが正しいとされた。そこに一般大衆は疑問を抱くことなく乗り、日本は世界有数のワクチン接種大国となり、2022年は17週間世界一の陽性者数を叩き出した。
著者が問題提起しているのは「専門家は果たして正しいことを言っているのか?」ということである。専門家が出した「自粛には効果がある」「ワクチンがコロナを終わらせる」は正しかったのか。これに対してはこう分析する。気候変動や原発、ダイバーシティーなど社会に存在するさまざまな問題についても同様だ。
〈社会は、それらが難問であるにもかかわらず、簡単に一つの答えを出して、それに向かって進もうとする傾向があります。そして、一旦進みだしてしまうと、その方向が正しいか否かについての疑問まで封じ込めようとします。これはまさに全体主義的な傾向です〉
4月5日、2022年の超過死亡数は最大約11万3000人で、前年の最大約5万人から倍増したと感染研などが発表。厚労省の感染症部会に参加した専門家は、この超過死亡の激増をコロナによる可能性があると指摘。だったらワクチンは効いてないではないか。著者はこのような疑問を挟むことさえ許されなくなったことを、上記引用部分で述べているのである。
そして19世紀の数学者・哲学者のウィリアム・クリフォードが32歳の時に発表した「信念の倫理」が非常に本書では重要になっている。
〈軽々しく物事を信じることは悪であり、罪であると、厳しく糾弾しています〉
著者はワクチンの是非を問うものではない、と再三念押しはしているものの、本心では「こんな致死率の低いウイルスに対してワクチンが必要だったのか、検証せねばならない」と考えていることが分かる。以下に引用する2つの文章は今回の騒動において極めて示唆に富んでいる。
〈ウィトゲンシュタインは『論理哲学論考』の最後を「語りえぬものには沈黙しなければならない」という命題で締めくくったといいます〉
〈「信念の倫理」は「軽々しく信じずに徹底的に調べよ」〉 ★★★(選者・中川淳一郎)