「からだの錯覚」小鷹研理著
「からだの錯覚」小鷹研理著
机の上についたてを立て、そのついたてで自分の片手を見えない状態にしておく。見えるところには隠れている手と同じ形状をしたゴムの手を置く。机の正面に立った別の人間が見えない手とゴムの手を同時に触っていく。何度か繰り返すうちに、触られている人間はゴムの手がまるで自分の手のように感じ、本来感覚がないはずのゴムに触感を感じるようになる。
認知学や心理学でラバーハンド錯覚と呼ばれるものだ。自分のからだはあくまで自分のもので、ほかのものと間違えるはずがないと思いがちだ。しかし、からだは意外に融通無碍で、多様なイメージに対して開かれているという。
本書にはさまざまな「からだの錯覚」が取り上げられている。皮膚を石のように硬くしてみせたりするかと思えば、逆に柔らかく引き伸ばしたり、目の前の人の手と自分の手を入れ替えたり、自分の指が伸びてその先にあるペンと一体化したり……。文字だけではなかなか伝わりにくいが、本書に付されているQRコードでそれぞれの実験の模様が閲覧できるので、スマホ片手に読むといいだろう。
ただ、同じ錯覚でもからだが受け入れやすいものとそうでないものがある。自分の背中に目があり、目に入るものすべてが左右逆転する「背眼」という状態を実験すると、ほぼすべての人が強烈な混乱を覚える。逆に、経験がないのに多くの人が夢の中で空を飛ぶことに違和感がないのはなぜか。さらに、ラバーハンド錯覚を全身に拡張したフルボディー錯覚はバーチャルリアリティーのアバターを自分の体のように感じることを可能にするが、いわゆる幽体離脱とフルボディー錯覚とは同じものなのか……といった疑問も次々に出てくる。
「からだの錯覚」という領域が本格的に研究されるようになってから日が浅いが、その先にはまだ奥深い世界が広がっているようだ。続編、続々編を期待したい。 <狸>
(講談社 1100円)