「戦争とプロレス プロレス深夜特急」TAJIRI著/徳間書店
「戦争とプロレス プロレス深夜特急」TAJIRI著/徳間書店
世界的プロレスラー・TAJIRIが世界各地で巡業するさまを描く。そこで出会うプロレス仲間との交流や仰天エピソードが日記形式でつづられていくが、第1章は2022年6月19日~7月17日にかけての「戦争とプロレス 欧州マットを直撃した『ウクライナ戦争』・篇」と題されている。
果たしてウクライナ戦争は欧州のプロレスにいかなる影響を与えたのか、といった話を現地のレスラーや関係者から聞いていく。基本的には「物価が高くなった」「コロナが終わり、久々にプロレスの興行ができた」といったものだ。オーストリアのようなウクライナから近く豊かな国と、ポルトガルのような遠く、豊かではない国における亡命ウクライナ人の違いや、彼らに対する国民感情の違いなどを現地の証言から知ることができる。
とはいっても、登場人物はプロレス関係者だらけで、男くささ100%で、しかも行動がぶっ飛んだ人々しか登場しないため悲壮感はなく、ただただギャハハハハと笑わせる内容が多い。さらに文章がめっぽうスピード感にあふれている。ロンドン郊外の家に住む目の赤い中年男性宅に泊まらせてもらった時の描写がコレだ。
〈流しの中には汚水が溜まり、焦げた鍋や、脂の塊をまだ洗い落としていない皿がひっそりと沈んでいる。ぶち撒けられた砂糖。食いかけのものが乗っかったままの皿。白い台のあちこちに、使用済みティーバッグが紅茶色の染みを一帯に残し、生乾きに散らばっていた〉
こんな凄まじい家でTAJIRIと全日本プロレスの若手・斉藤レイ・ジュン兄弟は一晩を過ごすのである。
これら珍道中を読むと、TAJIRIがいかに世界で高いポジションを取ったかが分かるし、プロレスという職業を選んだ人々が国籍関係なく互いに協力し合い、高め合っているかというさまがよく分かる。
さらに、日本マット界への懸念も描いている。フランス・ニースでの試合では、「怪獣ごっこのようなプロレス」を披露。要するに分かりやすいプロレスだ。一方、日本のプロレスは高度で複雑な技の攻防が繰り広げられる「いい試合」と呼ばれるプロレスだが、こう論じる。
〈あれはマニアに向けた商品である。一般大衆向けでは絶対にない〉
こうした試合を選手・関係者が崇拝する以上、大衆娯楽としての地位は取り戻せないと確信しているようだ。
フィリピン篇では、当地ののんびりとした適当さこそが良く、日本が正確性を重視し過ぎていることに疑問を呈する。本書は世界初のシリア難民プロレスラーも登場するなど、旅行記+プロレスの内情+世界情勢と各地に住む人々の気持ちが分かり、含蓄に富んでいる。 ★★★(選者・中川淳一郎)