「マークスの山」髙村薫著
「マークスの山」髙村薫著
本書が直木賞を受賞した際の選評(1993年)で井上ひさしは「彼女(看護師の高木真知子)の愛は、推理小説だの警察小説だのといった狭い枠を越えて、はるか普遍の愛にまで達している」と書いたが、その後の髙村薫の重厚な作品を見ると見事な予見に思える。本書は、山岳を舞台にした警察小説といった枠付けができるが、井上が指摘するように、登場人物それぞれの内面に迫る筆致は、そうした枠付けを軽々と越え出ている。
【あらすじ】警視庁捜査1課第3強行犯第7係主任、合田雄一郎警部補のもとに、東京・目黒区八雲で男性の遺体が発見されたとの報が入った。被害者は暴力団吉富組元組員の畠山宏。遺体の頭部の損傷は酷く、頭頂には異様な穿孔があった。
数日後、今度は北区王子で法務省刑事局刑事課長の松井浩司が殺害され、頭部には畠山と同じような穿孔があった。捜査本部は別の事件と見立てていたが、合田は連続殺人の可能性があると独自に捜査を続ける。
解決の糸口が見つからないまま、今度は同僚の刑事が殺害され、さらに高木真知子という看護師が吉富組組員に狙撃される。真知子は彼女が昔勤めていた精神科病院の患者の水沢裕之と同棲していたが、水沢はかつて合田が強盗犯として逮捕したことがあった。水沢は幼い頃に南アルプスで命を落としかけ、以来その幻影に悩まされていた。一方、松井は暁成大学の山岳部に所属しており、この事件の背後には十数年前の北岳での事件が関係しているらしいことが判明する……。
【読みどころ】上下巻合わせて810ページという長大な物語に、いくつもの時代、幾層もの記憶が織りなされて壮大な人間ドラマが繰り広げられる。全6作品の刑事・合田シリーズの第1弾。 <石>
(新潮社 上・下各693円)