「シンデレラはどこへ行ったのか」廣野由美子著
「シンデレラはどこへ行ったのか」廣野由美子著
「女性は美しく素直でさえあれば、じっと待っていても白馬に乗った王子様が迎えに来て幸せにしてくれる」というメッセージを発する物語の典型が童話「シンデレラ」だ。そうした「女性自身のなかに潜在する無意識の依存願望」を「シンデレラ・コンプレックス」と名付けたのはコレット・ダウリングだが、女性が他者に守られ、難問を受動的に解決するという物語を多くの女性は幼い頃から刷り込まれていく。しかし、それとは別の女性たちを内から駆り立てる「もうひとつのストーリー」があると著者は言う。
それは、恵まれない境遇に生まれ、美人でなくとも自分の能力や人格的な強みによって道を切り開き、自己実現しながら自分と対等な男性と認め合うというストーリーだ。幾多の試練を乗り越えて自力で幸せを獲得するという新しいタイプの女性像を描いた嚆矢がシャーロット・ブロンテの「ジェイン・エア」で、以降同様の少女の試練を描いた脱シンデレラの物語が陸続と登場する。著者は一連の「少女の試練の物語」が出てきた現象、及びそれらの作品の特色の表れを「ジェイン・エア・シンドローム」と名付け、各作品がどのように生まれ、それぞれの新しい要素がどのようなものかをたどっていく。
女主人公は美人に設定すべしという従来の約束事を打ち破り、主人公が語り手として激しい感情を吐露するという「ジェイン・エア」の独創性は、故国の英国より北米の女性たちに受け継がれていく。「若草物語」「リンバロストの乙女」「あしながおじさん」「赤毛のアン」「木曜日の子どもたち」などの作品だ。いずれの主人公も、シンデレラストーリーから脱却するために用いた最大の武器は「言葉の力」だった。その土台を形成するのが文学を読むことだ。
その意味でも、本書で取り上げられている作品を初読・再読してみるといいだろう。さまざまな発見があるにちがいない。〈狸〉
(岩波書店 1034円)