日本は幽霊、海外はリビングデッド ~『寝煙草の危険』~
子供の人身売買を描くスパニッシュ・ホラー「戻ってくる子供たち」
最後に、最近の海外作品を紹介しましょう。
マリアーナ・エンリケス著『寝煙草の危険』(国書刊行会:4180円)。
本書は、スペイン語圏のスパニッシュ・ホラー文芸で注目されているホラー短編集。著者はアルゼンチンのブエノスアイレス出身の作家です。
現代の南米などが舞台となっていますが、日本人からすれば異国情緒が溢れるどころではありません。まるで異世界だ。
道路脇にはゴミが散乱し、公営プールでも水は濁っているのが当たり前。子供の行方不明なんて日常茶飯事。深夜に女性がコンビニへ一人歩きできる生活環境にいる者とすれば、治安の悪さがすでにホラーです。もうなにが起きても不思議はありません。
本書に収録されている1編『戻ってくる子供たち』では、社会問題となっている子供の人身売買が主題として扱われています。
行方不明になり、遺体となって発見された子供たちが、突然次々と現れる。親たちは感激して子供たちを迎えるが、子供たちは水も食べものも口にしない。会話はするけれども覇気はなく、毎日なにをするでもない。
やがて、ある夫婦は遺書を残して自殺した。
〈あれは私たちの娘ではありません〉
戻ってきた600人の子供たちは、しばらくして封鎖されている古びた館へ入った。外から声を掛けると、彼女たちは口を揃える。
「夏になったら下りる」
そこで主人公たちがとった行動とは──。
必ずなにかが起きる。しかし、なにが起きるかは分からない。旧い館の中へ追い詰められたのは子供たちのはずなのに、逆に周囲の人間が追い詰められている気分になっていく。
これこそ、恐怖と言わずしてなんと言うのでしょう。