お江戸文化を楽しむ本特集
「写楽女」森明日香著
本紙で好評連載中の「蔦屋重三郎外伝」。主人公の蔦重が見いだした絵師や戯作者たちが江戸の文化をつくってきた。今週はそんな蔦重の周辺人物にスポットを当てた小説をご紹介。読めば江戸エンタメ界がより楽しめること間違いなし。
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「写楽女」森明日香著
江戸・日本橋通油町にある地本問屋「耕書堂」で働くお駒は、ある日、長身の男が店に入っていくのを見た。お駒が酒肴を持っていくと、主人の蔦屋重三郎に「新しい絵師さん、写楽さんだよ」と紹介される。重三郎は目利きで、これぞと思う絵師や戯作者を食客にして仕事を与え、そのうちの一人、歌麿は美人絵を大当たりさせた。だが写楽は寝泊まりすることなく通いだったが、お駒の料理を好んで食べた。
やがて写楽が描いた役者の大首絵が評判になると、お駒は重三郎から「写楽の仕事を手助けしてほしい」と言われる。食客の余七、お駒の幼馴染みで絵師の鉄蔵らと共に、筆を持つようになるが……。
史実ではわずか10カ月の活躍とされる謎の男、写楽に寄り添い続けたお駒の日々をつづる時代小説。人見知りで繊細な写楽の世話をするうちに、互いに心惹かれるが写楽には世間には知られてはならぬ秘密があるのだった。書き下ろし外伝も収録。 (角川春樹事務所 836円)
「きりきり舞いのさようなら」諸田玲子著
「きりきり舞いのさようなら」諸田玲子著
主人公は、エキセントリックな言動を繰り返す十返舎一九に振り回される娘・舞。
ある朝、舞は夫と息子が朝稽古をする朝日稲荷へ出向くと、お狐さまが消えていることに気づき嫌な予感を抱く。と、川向こうで起こった火事が原因の大火に見舞われてしまう。逃げないと言い張る一九を荷車に乗せ、葛飾北斎の娘で居候のお栄らと共に増上寺に向かう途中、焼継屋の為助から一人の老婆を預かるはめに。ようやく寺にたどり着くも、一九は「酒を持ってこい」とわがままだ。
舞たち一家が境内に建てられた小屋で過ごしていると、北斎が見舞いにやってきて舞に佐賀町の地図を書いた紙切れを渡す。(「一寸先は闇」)
本書はユーモア人情時代小説<きりきり舞い>シリーズの完結編で、大火で家財と家を失った舞たちが、人々に助けられながら再起していく姿を描く、一九やお栄、継母など一癖も二癖もある人物らが起こす騒動に巻き込まれ“きりきり舞い”ながら、舞はたくましい。 (光文社 770円)
「大田南畝」小林ふみ子著
「大田南畝」小林ふみ子著
江戸で独自の文化が花開いた18世紀中ごろ、「狂歌」という文芸が人気を博していた。狂歌とは五七五七七の形式に載せて面白おかしく歌を詠んだもので、江戸のみならず地方にも波及するに至る一大潮流をつくり上げたのが、大田南畝である。
子どもの頃は漢詩人を志したという下級の幕臣の南畝は、あるとき遊びで作った狂詩を文集にして出版したところ大人気に。和歌や和学の知識に富み、狂歌と滑稽の趣味を教えてくれた大根太木らを慕い、狂歌の世界へと入っていく。
南畝は狂歌師という役どころの演じ方を追求し続け、寛政の改革では苦い経験もしたが、一貫してポジティブで愛すべき日常を謳いあげた。
「筆綾丸(ふでのあやまる 喜多川歌麿)」や、「酒上不埒(さけのうえのふらち 恋川春町)」ら共感する仲間と集い、生活を言祝ぎ笑いあった。どんなことでも面白がろうとした南畝の人物像と功績を描き出す。 (KADOKAWA 1386円)
「蔦屋の息子」泉ゆたか著
「蔦屋の息子」泉ゆたか著
父を亡くし、母と妹を養うため、蔦屋耕書堂に奉公に出た19歳の勇助は、会ったばかりの主人・重三郎に「今日からお前は俺の息子だ」と言われる。
扱いは奉公人のそれと同じだが、主人の言葉を耳にした奉公人らは勇助に嫌がらせを始める。
ある日、勇助は蔦重に“狂歌の会”に連れていかれ、そこで会った朋誠堂喜三二に「『桃太郎後日噺』の終わり方に驚いた」と素直に伝えたところ、激怒させてしまう。しかし蔦重は「よくやった、お前には商売の才がある」と褒めるのだった。
詫びる方法を考えた勇助は蔦重に連れられ喜三二の元に出向くが、思わぬ結末が……。
江戸の出版プロデューサーとも称される蔦屋重三郎の元で働く青年・勇助を主人公に描く、書き下ろしお仕事小説。
褒められたり落とされたり、時には利用されたり──。主人の真意が分からぬまま振り回されつつも、商売を学んでいく勇助にわが身を重ねる読者も多いだろう。 (PHP研究所 924円)