夏の食欲減退に!読んで味わう文庫本特集
「ミステリー食事学」日影丈吉著
うだるような暑さが続く日々で、食欲がすっかり落ちている人も多いのではないだろうか。今回は、料理史から夜食短編集まで、読んで味わう文庫を4冊ご紹介。読み終えたころにはお腹がすいてくるだろう。
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「ミステリー食事学」日影丈吉著
フランスを代表するミステリー「メグレ警視」シリーズには、実は、「メグレ夫人の料理法」という派生作品がある。料理研究家のクールティーヌが執筆したもので、作中に料理が登場するシーンとその調理法、料理とともにメグレが何を飲んだかまで子細に語られている。
夫人のレパートリーは、香木入りのトマトスープやエッグカスタードまで、100種以上。伝統的でクラシックなフランス料理が多く、相当な料理の達人だったことが読み取れる。
メグレは超人的な思索者というよりも、辛抱強さで事件を解決するタイプである。怠け者で気分屋であると誤認されがちな見た目であるが、そんな男が警視まで出世できたのは、内助の功が大きいと本人自身も認めているという。
デビュー作で江戸川乱歩を唸らせた著者のもうひとつの顔は、料理研究家。伝説の毒薬から悪食珍味まで、名探偵が口にした古今東西のグルメが満載のエッセー集。
(筑摩書房 990円)
「日本料理史」原田信男著
「日本料理史」原田信男著
寿司のルーツは、実は中国南部、もしくは東南アジアにある。モンスーンアジアの稲作民は、水田で稲作をすると同時に淡水魚を飼育し、両者を一緒くたに調理してナレズシを生み出した。
ナレズシは、稲作文化が根付いた弥生時代には日本に入ってきたと考えられる。魚と塩の発酵に、飯を加えて乳酸発酵させたナレズシはうまみと長期保存を可能にした。
日本では古来、肉食に対する禁忌が強く、米が聖なる食べ物とみなされていたことから、魚と米をおいしく食べる文化、つまりスシ文化が独自に発展していった。フナズシに見られるように、もともとは魚が主体の料理だったが、箱ズシや巻きズシといった米が主役のスシが誕生。やがて、そのインスタント版として、乳酸発酵の時間を短縮したことにして酢を加える、江戸寿司が誕生したのだ。
日本食の起源を有史以前から総覧することで、「日本」の姿が変わって見えてくる食の文化史。
(講談社 1408円)
「道元『赴粥飯法(ふしゆくはんぽう)』」道元著、石井修道監修
「道元『赴粥飯法(ふしゆくはんぽう)』」道元著、石井修道監修
道元の著作のひとつ「赴粥飯法」には、仏教修行における食事の意義と作法が事細かに述べられている。日常の営みの中に「さとり」の境地を見いだす禅では、生活の根幹をなす食事も大切な修行の場となるのだ。
たとえば、「いただきます」という挨拶。「赴粥飯法」では、食事の前に合掌・低頭して、次の5つを思惟することが求められている。
〈①食事が出来上がるまでのさまざまな関わり②食事をいただくに値する営みを日頃なしているか③貪・瞋・痴の三毒を克服する……ほか〉
さらに、食事の前後だけでなく食中もお唱え事が規定されており、自分の役職や食事の時間によっても、その内容は変わってくるのだ。
座り方から食器の洗い方まで、あらゆる食事の所作を豊富な写真とともに解説。自らを満たすだけでなく、他者へと思いを向けて、心穏やかに生きていくヒントがここにある。
(KADOKAWA 1166円)
「眠れぬ夜のご褒美」近藤史恵、友井羊ほか著
「眠れぬ夜のご褒美」近藤史恵、友井羊ほか著
社会人3年目になった陽茉莉は、珍しく終業時間ぴったりに会社を出た。音信不通になってしまった彼氏の憲吾に会うためだ。しっかりと別れを告げてほしいと思い、憲吾の自宅の最寄り駅に偶然居合わせた体で、改札脇で5時間も待ちぼうけた。
憲吾と付き合って1年と3カ月が経った先月、「しばらく距離を置こう」と告げられた。
それまで関心のあるそぶりを見せなかった映画や芸術に興味を持ち始めた憲吾を見て、陽茉莉はある女性に思い至る。憲吾の勤務先の先輩である総子だ。憲吾がある晩の夜食に“スクランブルエッグ”をねだってきたのは、総子の作る賄いがおいしかったからだった。
20年後、レイトショーで映画を見て帰宅した陽茉莉は、冷蔵庫を開けて卵を取り出す……。(標野凪著「バター多めチーズ入りふわふわスクランブルエッグ」)
おいしいものが大好きな作家6人が夜に織りなす人間ドラマを描く短編集。
(ポプラ社 792円)